【1$とカタチ】その4「比率と技術の限界と乱立する銀行」

突然ですが、預金残高に戦慄を覚えております。造形作家の長野です。


さて皆さん、お手元のドル札をご覧ください。

日本円の紙幣はそれぞれサイズが異なりますが、ドル紙幣はすべて同じサイズ。

これにはきっと深い理由があるに違いない!(ネタが見つかった!)
これを掘り下げれば、黄金比やピタゴラス、フィボナッチの話にまで!(ネタが見つかった!)
最終的には人間と自然の深い係わりにたどり着くのでは!(ネタが見つかった!)

そう意気込んで図書館へ向かい、資料をあさること3時間。


出た結論が

「技術的にそうなった」

夢の無い話。


当時アメリカの紙幣を印刷するのに使われていたのが「Spider press」。
上下に二つのローラーを持ち、上のローラーにエッチング(版画みたいなもの)されたものが、下のローラーに押し付けられた紙に転写される仕組みだ。

ハンドルがクモっぽい

写真を見てわかるとおり、一度に印刷できるのは上のローラー1周分のみ。
そしてその1枚から、なるべく多い枚数を取ろうとすると現在のサイズになるというわけ。

夢の無い話。


ここまで来て、このネタは没にしようかと思ったが、せっかくなのでもう1つ夢の無い話をしたいと思う。


ドル紙幣が現在のサイズになったのが1929年。
そして、同時にこれは「アメリカ初の統一紙幣」だった。

当初ヨーロッパの植民地としてスタートしたアメリカで流通していた通貨は「ポンド(イギリス)」。
しかし、アメリカ国内のポンドは輸入取引によってイギリスへ戻ってしまい、慢性的な貨幣不足に陥っていた。


1775年に独立戦争が起こると、戦争費用をまかなうために大陸会議(政府みたいなもの)が「大陸通貨」を発行し始める。

これドルの始まりだ。


しかしこの大陸通貨は戦時に発行しすぎて大暴落を起こし、ついには停止してしまう。

1780年代に入ると民間の銀行がそれぞれ独自の紙幣を発行し始める。
さらに1811年、政府の設立した銀行が失敗に終わると、さらに状況は悪化する。さまざまな銀行が乱立しては独自の紙幣の発行をはじめ、紙幣の価値が不ぞろいになっていく。

1862年に合衆国紙幣(通称グリーンバック)が、1886年に銀証券が発行される頃、混沌はピークに達する。

この当時発行されていた紙幣の代表的なものに

合衆国紙幣
連邦準備銀行券
財務省紙幣
金証券
銀証券
国法銀行券
州法銀行券

などなどなどなど。他にも歴史にも残らない、どこの馬の骨ともしれない紙幣があふれかえっていた。

そして1907年恐慌が、アメリカを初の金融不安に陥れる。

その解決策として、1913年に連邦準備法が成立し、連邦準備制度理事会が生まれる。アメリカ初の「中央銀行」だ。

1929年、ついに全国統一紙幣として「連邦準備券」が発行される。

ちなみにこの「連邦準備券」は現在でも「ドル紙幣」の正式名称だ。


さて、本題。

長々と(しかしざっくりと)アメリカ紙幣の歴史を書いてきたが、要点は

「一杯あったので1つに」

だ。


当時流通していた数多の紙幣の中で、唯一全国に流通していたのが、前述の「合衆国紙幣(グリーンバック)」であり、連邦準備券の元となった。
背面が緑で印刷されていることから付いた呼び名だが、このデザインは現在まで続いている。


1880年代の合衆国紙幣(グリーンバック)


しかし、当時のグリーンバックのサイズは「7x3インチ」
連邦準備券に採用されたサイズは「6x2.6インチ」


ワンサイズ小さくなっている。


これは当時流通していた中で、一番小さい紙幣のサイズを採用したからだ。

なぜか?


理由は簡単。

「小さいほうが一枚のシートから沢山作れる」

からだ。


思い出していただきたい、当時アメリカは1907年恐慌の直後。国も国民もカネが無かった。


「印刷技術の制限で、一度に印刷できる紙幣の枚数には上限がある。」
「なら小さい紙幣を一杯作ろう。」


というシンプルな結論に達した1929年の造幣局には、比率の美しさなど二の次だったに違いない。

夢の無い話。


カネがないと心が荒むのは人も国家も同じ。

僕も預金残高のことはしばらく忘れて、空とか見て過ごそうと思います。



ところで、今更ながら一つ疑問が浮かびました。

「別に紙幣って横長じゃなくても良くね?」

次回はその辺を掘り下げたいです、資料があれば。



参考
活版印刷発達史 / 板倉雅宣
ドルと紙幣のアメリカ文学 / 秋元孝文
アメリカ金融史 / Margaret G. Myers
大統領のバンカーたち / Nomi Prins
紙二千年の歴史 / Nicholas A. Basbanes
Front Room Press / http://frontroompress.blogspot.com/
U.S. Bureau of Engraving and Printing / https://www.moneyfactory.gov/

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