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歌集「遠ざかる情景」#4 解説(前編)

朝の市 仔を孕みたる 鮫の母 血を流したる コンクリの床
仔を孕み 膨れたる腹の 母鮫血流し 横たわる床
仔をなせど 網にかかりて 母ざめが コンクリの床 血みどろの市   
網かかり 血みどろの鮫 仔を孕み 朝の市場の ただの日常
血みどろで 横たわる鮫 膨れし腹 朝の市場の 雑踏の中

加藤楸邨の「鮟鱇の骨まで凍ててぶちきらる」。と言う、歌から着想した歌。冷たいコンクリートの下で、血みどろになって死んでいる。それも、おなかに子供を孕んで……。人間で会ったら、悲しい場面のはずなのに、それが鮫であり、魚市場の出来事となると、それは日常なのである。産むはずの子供を孕みながら、漁師の網にかかり、血みどろになった屍を去らず母の姿。そして、聞こえてくる活気づいた競りの声。
そんな、日常に潜む悲しみを謳った。

泣かぬ仔も 笑わぬ子らと よその母 撫でる手よりも 褒める口のみ
泣かぬ仔も 笑わぬ子らも 逞しい なでる手よりも 褒めるが先か
泣かぬ仔も 笑わぬ子らも 世のための 支柱となれど 可愛くはなし
笑わぬ仔 泣かぬ仔は シャンと身を正し 世の支えよと 褒める他所の親
他所の親 笑わず 泣かぬ仔を 褒めし 柱であれど 撫でる手はなし

面白いことがあっても笑わず、何か怖いことがあっても泣くこともない。厳しく育てられた子供は、しっかりしているし、周りの大人たちは褒めるだろう。けれども、子供は子供であり、楽しむことは、楽しみたいし、怖かったり、悲しいことがあれば泣きたいはずだ。
自分自身はと言うと、甘やかされていたせいか、泣くときは鳴いたし、よく騒いで叱られた。何より、よその子とよく比べられた。正直、前述の子供たちを妬ましく思ったものだ。
だけども、思うことは、彼らだって子供であり、時には、甘えた態度だってとりたいものだ。そう思うと、本当にさみしいのは、子ども扱いされず、しっかり者として褒められるばかりの彼らなのかもしれない。

夕涼み 麦酒の苦み ほろほろと 橙の日差し 頬を焼きしは
麦酒の 苦みほろほろ 夕涼み 陽射し橙 蒸し暑きなり
橙の 日差しを浴びし 夕涼み 涼しきなりは 麦酒の冷たさ
麦酒の 冷たい飲みが 夕涼み 橙色の 陽は蒸し暑き
麦酒の 苦み ほろほろ 橙の 陽が射し込みし 夕涼み

夕涼みのどこか気だるくも、心地よい感覚と、冷たいビールのほろ苦さ。
一番、気に入っているのは、ほろほろというオノマトペで、これは正直自信があるかもしれない。
休日の終わり、家族でビールでも飲んでいるのであろう。暖かな日常を謳った。


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