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竜の棲む世界

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竜の棲む世界を旅するような掌編集。Twitterにて投稿した300字ssです(全12話)。 2023.01.22 関西コミティア66にて、書き下ろしのアナザーストーリーを収録した… もっと読む
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記事一覧

托卵

托卵

 あんな大人しい老竜に振り落とされるなんて、運の無い奴。
 同期の嘲弄をベッドの上で聞く。
 左足は元に戻らないそうだ。両の足で操る通常の騎竜に乗るのは、この先も不可能と言われた。
「育者への道もある、気を落とさないで」
 医者の取り成しが耳を滑る。

「いよっ」
 三日後、豪放に笑う飼育担当の学園教官が訪ねて来た。
「育舎の白竜のだ。暇ならそれ、温っためてろや」
 投げ渡されたのは、卵。
 
 

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密やかなる教理

密やかなる教理

 その隠れ里の岩戸の奥には、鎖に繋れた竜がいる。
 僅かの灯りにも真珠色に輝く、神秘的なその鱗。
 足元には、白絹の衣を身に着けた病の男が横たわる。
 呼吸が細く、忙しない。

「逝クカ、ろろすヨ」
「短い間しか、務めを為せず… 申し訳ありません、ウル」

 延べた男の手に、竜がそっと鼻先を添える。

「貴方から見れば、我らの一生など、虫の一時でしょうに… 都度の恵みに… 感謝を」

 捧げ持つ美

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さよなら キャラバン

さよなら キャラバン

 嵐の去った砂漠の只中で、干からびた砂色の竜の仔を見つけた。
 まだ生きている。
 急いで隊に連れ帰った。

「砂竜は情深い、ひと月も経ってやって来た親竜に全滅させられた隊もある」
 お婆が渋い顔をする。
 隣のユーランが頭をかきかき言った。
「カラカラで転がってたから放って置けなかったんだよな… 婆ぁ、目付なのに目ぇ離した俺が悪い、今直ぐ連れて出るよ。リロ、お前も来い、支度すんぞ」
 ユーランに

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主 従

『殺さないでくれ』

 声も出せない様子のそいつから放射されているそれは、祈りってやつだったのかもしれない。
 俺には分からん。高次のモノに祈った事などない。
「俺が手を下すまでもなく死ぬさ。騎竜を落としたかったんだが、まぁ騎手でも問題は無いな」
 大振りの弓を背負い直し、目の前に転がる男を見下ろす。
 その目の奥の懇願。
「…?」
 と辺りが翳り、俺はその場を飛び退った。
 さっきまで居た位置に

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王座

王座

「やっておくれ」
 促され、歳若い侍従がその手の剃刀を動かすと、次々と髪の束が床に落ちた。
「そんな顔しないで、スィ」
 椅子に掛け、四阿越しに見上げる青空に、白い鱗の龍が身をくねらせ泳いでいる。

「あの龍だって、本当ならリェン様のものなのに」
「龍が王の乗り物だったのなんて昔の話さ。兄達のような武力の持ち合わせはないし、このままでは私の命はない」
 四阿の床に点々と侍従の悔し涙が落ちる。
「私

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紙飛行機

 広い部屋の中を、紙飛行機が滑ってゆく。
 天蓋付きのベッドから対面の壁に向かって真っ直ぐに。
 そのままぶつかり、鼻面をひしゃげさせながら落下する。
 壁沿いの床は、さしずめ紙飛行機の墓場だった。
 床に散らばるそれらを片付けながら、執事が主に声を掛ける。
「坊ちゃん、シシリー様から贈り物です」
 応えはない。執事は構わず続けた。
「今度は絶対に気に入る、とのことですよ」

 広い部屋の中を、紙

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翠の箱庭

「いつ来てもほんと凄いですね、ここ」
 助手が辺りを見回し、感嘆の声を漏らす。
「これが人工の空間だなんて」
「そうだな」
 彼はおざなりに返事をし、足元に置いたケージの扉を開けた。
 暫く待つと、掌に乗る程の小さな竜が顔を覗かせる。
「このコも売約済みですっけ」
「ああ」
 羽音を響かせ飛び去る姿を見送り、彼は深く息をついた。

 採集数は国よって厳密に管理されており、ピクシー達はこの温室で一生

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手仕事

手仕事

 パキン パキキ パキ  ベキッ
「また割った!」
「姉ちゃん、うるさい…」
 少年がうんざり顔で机に突っ伏す。
 父親がその一枚を無言で拾い上げ、検分する。
「うん、ダメだな」
 しょげ返る少年。

 初夏の鱗竜飼いは繁忙期だ。
 早春に婚姻色に染まった鱗が、この時期大量に落ちるのを集めて、細工物用に加工するのだ。
 親指大の一枚を三枚に剥ぐのだが、二層目と三層目を分けるのが特に難しい。
 真

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オアシスにて

オアシスにて

 頬杖をついて泉で戯れる一人と一匹を眺める。
 否、はしゃいでいるのは人間だけか。
 仔竜は概ね大人しいものの、かといって特に懐く風でも無い。

 習性で砂に潜ろうとするが、一度乾涸びた影響か鱗の隙間が広がってしまい、そこに砂が挟まるのが不快らしく、しょっちゅう身体をくねらせては地面を転がりまわっている。
 見兼ねたリロが、両手で抱えて泉で振り洗いしてやっているのだ。

 水に浸けた身体を揺らすと

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採掘人

「糞野郎」と罵られるのは慣れている。
 実際の所その通りなので、ぐうの音も出ない。
 だが、客に困ったことは、一度もない。
 この黒紫色の希少な宝石が、どこで採れるかを知っているのは、俺だけだからだ。
 護衛を担ってくれる幼馴染にも、詳細は教えていない。

 俺は秘密のその岩山で、竜糞の小山を探す。
 ある鉱石を食べるその竜は、消化できなかった宝石を糞の中に残すのだ。
 背丈を越える小山を掘り返し

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竜の眼

 言い伝えでは、この島の端にある小山は、大昔に傷つき流れ着いた竜なのだと言う。
 島民は皆、この話を信じている。

「それにしても蜥蜴が多いな」
 浜辺を歩く足元で、ちょろちょろと細長い黒緑色が走る。
 背の金属質な虹色が美しい。
 小さな島だ。一日あれば歩いて一周できる。
 で、朝から歩いてその場所に来てみたのだが…
「竜には見えん」
 ついて来た村の子供が笑う。
「でも見てるよ」
「え?」
 

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来し方 行く末

 砂漠の谷底で、空を見ていた。
 何も持たず薄物一枚の私に、氷点下の夜は超えられまい… キャラバンは私を捨てたのだ。

「おいっ、大丈夫か?」
 抱き起こされ、薄目を開けた。
 ぬるい水が口元を伝う。
 私は跳ね起きると、水筒に齧り付いた。
 私を死地から拾ったのも、またキャラバンだった。

 拾い拾われ、留まる者も去りゆく者も、入れ替わり立ち替わり…
 長い長い間、そんな風景を見続けてきた。

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