手仕事
パキン パキキ パキ ベキッ
「また割った!」
「姉ちゃん、うるさい…」
少年がうんざり顔で机に突っ伏す。
父親がその一枚を無言で拾い上げ、検分する。
「うん、ダメだな」
しょげ返る少年。
初夏の鱗竜飼いは繁忙期だ。
早春に婚姻色に染まった鱗が、この時期大量に落ちるのを集めて、細工物用に加工するのだ。
親指大の一枚を三枚に剥ぐのだが、二層目と三層目を分けるのが特に難しい。
真珠色の三層目が一番高値で取引されるので、ここが腕の見せ所なのだが、少年はどうにもこの作業が苦手なのだ。
「ほら、お夜食」
母親が苦笑しながら、スープの椀を配る。
テーブルの下、寝そべる一匹の竜が後脚で首筋を掻く。
カラカラと音を立て、追加の鱗が床に散った。
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Twitter300字ss 第87回 お題「手」 ジャンル「オリジナル」
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Twitter300字ss企画内にて今年いっぱいの連作延長戦、竜の棲む世界を舞台にしたシリーズ8作目です。よろしければ次回もお楽しみに(´-`)
【前のお話:翠の箱庭】
https://note.com/1_ten_5/n/nc9fc4218d40a
【Another Story】
カリリ、カリ、カリリリ…
静かな工房の隅、ランプの灯り一つが灯る薄暗がりで、何かを引っ掻き、削る様な音がする。
「まだやってんのか」
声掛けにハッとして顔を上げると渋い顔の職長と目が合った。
「やっぱり気づいてなかったな。集中して仕事すんのは良いが、寝不足は職人の敵だぞ、いい加減切り上げろ」
若い職人は申し訳なさそうに頭を掻く。
「でもこれ個人的な物なんで、さすがに就業時間中にやる訳には…休憩時間とか早朝とか充ててたんですけど、それだけだと間に合わなさそうで…まだ手がとろくて、嫌になります」
「どれ」
職長が青年の手元の細工物を取り上げた。
親指大の真珠色の竜鱗を丸く切り出したものに、花模様の透し彫りが施されている。
透かしの精緻さもさることながら、職人の目にその仕事の丁寧さは一目瞭然だった。
「シシルの花模様か、誰か知合いでも結婚するのか?」
「あ、はい、姉ちゃんです。首飾りと耳飾りと腕輪とをどうしても揃いの意匠にして贈りたくて…再来週が式なんで、だいぶギリギリですけど、まぁ何とか…」
力無く笑う青年の傍を見やると、小さな小袋に同様のパーツがぎっしりと詰まっている。
「そのパーツ、後幾つ作るんだ」
「えっと…後二十、は欲しいですかね…」
青年の顔が曇る。
パーツが出来上がっても、その後に組み上げの工程もある。確かにだいぶギリギリだ。
「よし、お前今日はもう寝ろ」
「え? いや、でも…」
「明日の朝、工房長に掛け合ってやる。今持ってる案件、何処のだ」
「ウェズリー商会納めの素材類一式ですが」
「数は多いが納期までまだ少しあるやつだな…よし、それこっちに半分回せ。で、仕事時間の半分をそっちの作業に充てろ」
「いや、でも」
「そのかわりだ」
ぎぬろ、とばかりに職長に睨められて青年は顔を引き攣らせ姿勢を正す。
「いい加減な仕事しやがったら殺すからな。いいか、どっちもだぞ」
「…はい」
「分かったら寝ろ。一日の睡眠が六時間切っても殺すからな」
慌てて身の回りを片付け始める青年を見て、ふっと職長が目元を緩ませる。
「良い式にしてやんな」
「っ…はい!」
隈の浮いた顔で、青年は破顔した。