90年代最大の歌姫 〜ローリンヒルに何が起こったのか？ 2/2
前編はこちら
誰の助けも借りずに、 ”ひとりで作った” アルバムが世界中で大ヒット。自分を弄んだ元カレよりも売れることで、身も心もに自由になり、最高の状態でソロキャリアをスタートさせたローリンヒル。
（アルバム収録の大半が行われた、ジャマイカのTuff Gongスタジオ）
1999年には、『Turn your lights down low』のカバー曲が、ボブマーリーfeat.ローリンヒル名義で発表され、ボブマーリーの追悼コンサートにも出演する。
ボブの妻 リタマーリーから娘として紹介されてステージに登場するローリン。
ヒップホップとレゲエを融合したスタイルで音楽業界のトップに上り詰め、ボブ・マーリーの一族に入る。なんて出来たストーリーなんだろう。
しかしすべてが完璧にみえた絶頂期、ローリンに盗作疑惑が浮上する。アルバム制作のコラボレーターだったバンド New Arkが「全14曲中13曲に関して共同作曲者としてクレジットされるべきだった」とローリン相手に訴訟を起こしたのだ。当のローリンは「アルバムの成功に便乗しようとしているだけ」と切り捨てていたが、結局、長引く訴訟を終わらせたのは5億円という示談金だった。
そもそもローリンヒルは、なぜ自身のアルバム製作に無名のミュージシャンを起用したのだろうか？人気絶頂だった当時の彼女なら、売れっ子プロデューサーを集めてアルバム制作を進める方がむしろ自然だったとは言えないだろうか。この件について質問されたローアンマーリーは、こう答えている。「当時ワイクリフが、"ローリンと仕事した奴とは仕事をしない"と業界全体に圧力をかけていたんだ。だからローリンは、まだ無名のミュージシャンを起用するしかなかったのさ（ローリングストーン誌（2008年8月26日）」
そんな状況の中で、ヒットアルバムを作り上げたことは驚嘆に値する。しかし彼女のその孤独が、ソロクレジットへの異常なこだわりに繋がったとは考えられないだろうか。
どこまでが共同作曲者の範疇に含まれるのか。その明確なラインはわからない。しかしNew Arkリーダーのジョーニュートンは「ローリンの頭にあったビジョンを作品に落とし込むのが仕事だった」と語っているし、クリエイティブな方向性に関して主導権を握っていたのはローリンだったとみて間違いなさそうなのである。
逆境に打ち勝つために、精一杯強がってがんばってたら、フックアップしたミュージシャンに裏切られた。一難去ってまた一難である。これは若干25歳の女性を疲弊させるのに十分すぎる出来事だった。ローリンは表舞台から忽然と姿を消し、約２年間の沈黙を続けた。
再びステージに立ったのは、2001年のMTV アンプラグド。
その変わり果てた姿に、ファンたちは驚きを隠せなかった。
「CDを売るために、着飾ることも愛想笑いもやめた」そんなことを話しながら、たったひとりでギターを弾き語るローリンヒル。声が掠れて高音がでなかったり、ギターを弾き間違えたり。いままでのローリンにはあり得ないステージだった。良くも悪くも、剥き出しのリアル。これは音楽業界や資本主義に対するアンチテーゼなのか、それとも無力な少女の悲痛な叫びなのか。評論家の意見も、荒削りながら新境地を切り拓いたと称賛するもの、ただの駄作だと切り捨てるもの、まっぷたつに割れた。グラミー賞にノミネートされる楽曲もあるにはあったが、セールス面では前作の1/10以下。業界的に言えば、失敗作だった。
金や名声目当てで擦り寄ってくる人間に嫌気も差していただろう。「前作を超えなきゃ」というプレッシャーも、共同製作者がいない中で曲作りを見直す必要もあっただろう。そんなギリギリの精神状態でなんとか絞り出したのが、この"ライヴアルバム"だったはずだ。作曲においても演奏においても「未完」感は否めないが、個人的にはこの生っぽさを肯定的に捉えていた。メインストリームのエンタメとは違うが、魂の叫びをそのまま歌にした切実さが感じられたからだ。
ここまでローリンが変貌した理由、、、そこにはある男の存在が囁かれている。彼の名はブラザーアンソニー。ローリンによると「いままでに会った誰よりも聖書を理解している」メンター的存在らしいが、フージーズのPrasは「教義を聞いたが何を言ってるかさっぱり理解できない、ただのカルトだ」とバッサリと斬り捨てている。なんだかX JAPANのTOSHIと重ねたくなってしまうような話だが、とにかくブラザーアンソニーに師事してからというもの、ローリンの行動は過激になっていったという。
まず手始めに自分のマネージメントチームを全員解雇すると、2003年にはバチカン市国で行われたクリスマスライブで、聖職者による性的虐待などを例に出し、「（聖職者が）教会を堕落させている」と爆弾発言。彼女は自身の成功を捨てて、社会の闇にメスを入れようと立ち上がったのか。それとも洗脳されて操られているだけなのか。
******************
2004年に、奇跡がおこる。人気コメディアンのデイヴシャペルが主催した『ブロックパーティ』に、フージーズの3人が揃って登場したのだ。
もともとはローリン個人にきたオファーだったようだが、レーベルから楽曲の使用許可がおりなかったこともあり、代替案として１夜限りでフージーズが再結成することになったのだ。
メンバーの不仲が解散理由だと思われていたから、予想もしなかった3人揃ってのステージに観客は沸いた。翌年にはヨーロッパツアーが組まれるなど、再結成に対する期待が高まっていたが、結局それ以降話が進むことはなかった。
***圧倒的な人気を誇ったコメディアン デイヴシャペルだからこそ実現できた奇跡のイベントを、ミシェルゴンドリーが映像化。必見です！ちなみにデイヴシャペルも今後書きたいと思ってる一人。彼もキャリアの絶頂期に自分から姿を消したことで知られているが、それはこのブロックパーティから2年後のこと。果たしてローリンの影響はあったのだろうか。
話を戻そう。
この頃からローリンは糸の切れた凧のように、音楽以外のことで世間を騒がせる存在になっていく。
2004年
公式サイトで、サイン入りポスター 5万円、下記のミュージックビデオの視聴権 1,500円など、突然いろいろなものを売り出す。いまでこそeコマースの走りみたいにも取れるが、当時はお金に困ってるのかな？という印象を受けた人も少なくなかった。
2006年
自分のことは敬称をつけて「ミスヒル」と呼ぶよう、周りに強要しはじめる。
2007年
音楽フェスのスプリングルーヴのために来日。開演時間になるとステージには日本人スタッフが登場し、「ローリンから電話があって、いま代官山で買い物をしているそうです、、、」と一言。トリを務めるはずだったカニエウェストが先に演奏してその場はおさまったが、ただの遅刻魔なのか、トリになるための確信犯か、イメージとのギャップに会場が呆れ返っていたのが忘れられない。
ある時からローリンは遅刻の常習犯になっていった。2010年のブルックリンでのライブでは、4時間遅刻してステージに上がるとブーイングする観客に対して「私には待つべき価値がある！」と観客に逆ギレしたというエピソードも。
2011年
ローアンマーリーが「自分は6人目の子供の父親ではない」と公表。ふたりは5人の子供をもうけていたが、実は一度も入籍したことはなかった。過去には「ローアンが別の人と結婚してるのが未婚の理由」というゴシップ記事が出たこともあったが、この年ローアンは元嫁との離婚が96年に成立していたことを法的に証明し、ふたりが結婚しなかったのは「ローリンが望まなかった」からだと語った。
6人目の子供の父親は、いったい誰なのか？
ブラザーアンソニー？ それとも…？
いまだ真相は明かされていない。
2012年
およそ100万ドル（約9,900万円）の所得に対する脱税により、3か月の禁固刑とさらに3か月の自宅謹慎を言い渡される。
この時、ソニーが救いの手を差し伸べ、税金の未納分を支払うために新契約をオファー。そして約10年ぶりとなる新曲をリリースする。
そして出所後には、服役中に作ったとされる新曲も発表される。
この時には2nd アルバムの製作に入ったと発表されたが、いまだリリースには至っていない。
2018年には、グラミー賞アーティストのロバートグラスパーに「ローリンはすぐにバンドメンバーを首にする」とか、「ミスエデュケーションは盗作だ」とか痛烈な批判をくらう。
反対に、ルイヴィトンのクリエイティブディレクターを務めた故ヴァージルアブローは、「私にとって永遠のミューズだ」といって、2021SSのプロモーションビデオに起用した。
Louis Vuitton V メンズ SS 2021
そして2021年には、アルバム『The Score』の発売25周年を記念して、再びフージーズ再結成の話が持ち上がるものの、コロナの影響でツアーはキャンセルされた。
ちゃんとした作品を発表してから、20年以上。
いまだに話題に上るってことが、彼女が音楽に与えた影響の大きさを物語っていると言えるだろう。
**************************
ここまでローリンヒルの足跡を辿ってきたが、みなさんはどう感じただろうか。
ローリンヒルは商業主義に立ち向かうカリスマなのか？
それとも、ただの痛すぎるメンヘラセレブなのか？
ひとつ言えるのは、作品と人格は切り分けて考えるべきだということ。僕にとっては、めちゃくちゃ大好きなミュージシャンであり、人間的には絶対絡みたくない面倒くさそうな人である。でもそれでいい。優れた作品をつくるのが、聖人君子とは限らない。そもそも人生に満足できる人は、アートを制作する動機なんて生まれないだろう。
ローリンは自立した強い女性と思われがちだが、きっと違う。もっとも多感でナイーブな時期に実らぬ恋に翻弄され、成功を収めたことで信頼する者に裏切られ、そのすべてがメディアに晒された、無力で可哀想な人なんじゃないかと思う。彼女の経験は、優れた作品を生む原動力にもなっていたし、同時に歪んだ性格を形成していった。そう考えると、ローリンの人生そのものが、ひとつの作品だと感じられてくるのだ。孤独で繊細な少女が、必死でもがいて、強がって、そして戦い続ける人生。彼女は、その戦いに勝利することができるのだろうか。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか？