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「ペンの売り方」をめぐる2つの映画

"Sell me this pen" と言われたら?

ビジネスマンであれば誰もが観ている、と言っても過言ではない映画『The Wolf of Wall Street』の有名なラストのワンシーン。「このペンを売ってみろ」と言われたとき、どんな手を使って売ろうとするだろう。
「このペンは素晴らしくて...」
「このペンの良いところは...」
「このペンの機能は...」
きっとこんな感じになるだろう。映画に出てくる彼らも同じようなものだ。じゃあ、この映画の中における正解とは何だったか。それは映画の冒頭にすでに現れていた。

ニーズを捉えろっ!なければ作れっ!
"Sell me this pen"と言われた男は、手渡されたペンを持ってこう言った。

「そのナプキンに名前を書いてみろ」
「書きたいけど、ペンを持ってない」
「そうだな、このペンを(売って)やろう」

といった具合だ。かなりテキトーな和訳だけど、だいたいそんなことを言ってたと思う。
つまり、ペン自体ではなく、そのペンを買う理由(ニーズ)を考えるということ。「ドリルを買うひとが欲しいのは、ドリルではなく穴である」という話と同じことだ。ニーズを捉える。これがマーケティングの基本中の基本だろう。(偉そうにすみません)
じゃあ、ニーズがなさそうだったら? そもそも、レストランでペンが欲しいという状況なんてそうそうない。それでも彼は上手くディカプリオにペンを売りつけた。どうやって? ニーズを捉えたのではなく、ニーズを作り出したのだ。
このやりとりの締めくくりに、ディカプリオ(扮するベルフォート)は嬉しそうにこう言っている。

"You know what I'm saying!! Creating Urgency!!" (見たか!緊急性を作り出した!)

どういうことやねん、と思ったひとは「creating urgency」で検索してみれば、その手の話がたくさん読めるので、ぜひチェックしてみれば良いと思う。
それでは!

と、ここで終わりだったら何も面白くない。マーケティング関連のブログや記事なんかでよく読んだことがある内容だろう。この映画のこのシーンは、あまりにも有名すぎるから。

僕が紹介したいのは『男はつらいよ』にも同じようなシーンがあるということ。
ビジネスマンとして成り上がっていくベルフォートとは、似ても似つかない寅さん。金とセックスとドラッグに溺れ、最後には仲間を売るベルフォート。一方、ご存知荒くれ者だが人情派の寅さん。そんな全く異なる2人だが、全く同じ「ペンを売ること」に取り組むのです。

「この鉛筆をおいらに売ってみな」
おっ、どこかで聞いたセリフだ。ディカプリオか? それにしては江戸っ子口調だ。新手の翻訳か? 『The Wolf of Wall Street 〜江戸っ子吹替版〜』か? んなわけない。これは寅さんのセリフなのだ。
※ごめんなさい、実際にはこんな口調で言ってません

とある夜のこと、寅さんの甥の満男が仕事について愚痴をこぼしていた。大学卒業後、仕方なく入社した靴会社の営業に嫌気がさしてしまったらしい。愚痴を聞いた寅さんは「モノを売ること」で勝負しようと言い出した。

近くにあった鉛筆を2本、満男に差出し、先ほどのセリフである。
「オレに売ってみな」

満男
おじさん、この鉛筆買ってください
ほら、消しゴムつきですよ

寅さん
いりませんよ、ボクは字書かないし
そんなものは全然必要ありません! 以上!

満男
あ、そうですか

寅さん
そうですよ!

満男
・・・

寅さん
どうしました? それだけですか?
 
満男
だって、こんな鉛筆売りようないじゃないか

寅さん
貸してみな

2本の鉛筆をじいっと見つめながら、寅さんはしみじみと語り出す。

寅さん
おばちゃん、オレはこの鉛筆を見るとな、
おふくろのこと思い出してしょうがねえんだよ
不器用だったからねぇ、オレは
鉛筆も満足に削れなかった
夜おふくろが削ってくれたんだ
ちょうどこの辺に火鉢があってな
その前にきち~んとおふくろが座ってさ
白い手で肥後のかみをもって
スイスイ、スイスイ削ってくれるんだ
その削りかすが火鉢の中にはいって
ぷ~んといい香りがしてなあ
きれいに削ってくれたその鉛筆でオレは
落書きばっかりして、勉強ひとつもしなかった
でもこのぐらい短くなるとな
その分だけ頭が良くなったような気がしたもんだった

寅さんの話を聞いていた皆は、自分たちの幼い頃を思い出し、えんぴつについて語り出した。

寅さん
ボールペンは便利で良い
でも、味わいってもんがない
ちょっとそこに書いてごらん
なんでもいいから

満男
久しぶりだなぁ、えんぴつで書くの

寅さん
デパートでお願いすると
1本60円はする品物だよ
でも削ってあるから30円だな
いいや、いいや
ただでくれてやったつもりだ、20円

そうしてあっという間に財布を開かせた寅さん。どうですか、これ。マーケティング界隈の言葉でいうなら「ストーリーテリング」ってとこでしょうか。ペン自体ではなく、そのペンにまつわるストーリーに共感してもらう。

「ペンを売る」という同じシチュエーションでも『The Wolf of Wall Street』と『男はつらいよ』では、こうも違う。

いちビジネスマンとして、勉強になる2つの映画のご紹介でした。

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