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街角のカフカ

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私の「街角のカフカ」という短編小説を集めたマガジンになります。 随時更新します。
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寂しさってどうしたら紛れるかな。
寂しいという感覚は
欲しい筈だけれど
これから何秒、何日、何週間、何ヶ月、何年、何十年、何百年だか生きていく中でずっと寂しいのは苦しいな。
誰かの温かみに触れて
誰かの愛情に触れてしまったからだな。

街角のカフカ #5

自室から流れてくるラジオの声を聞きながら物干し縄を伸ばして洗濯物を干した。下の運河を見下ろせば煙を巻く船頭が下っていっていた。
「快晴。今日は素晴らしい快晴です。中央通りもいつにも増した賑わい…」

ラジオの漣に耳を澄ませると下の花屋で主人が高らかに笑う声が聞こえた。
廊下を横切って、階段から少し覗くと若夫婦が主人と談笑していた。
「あれ、なんて花ですの?」
大きな窓に顔を出した真っ白な花を白い帽

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街角のカフカ #4

小川の絵を見つめながら、屋台で買った飴を転がした。
ふと窓の外を見れば中心街がまだ光々と灯っているのが遠くに見える。放射状に伸びた光の筋のいくつかが私の寝室にも差し込んでいて、それは小川の絵画のように運河にも反射していた。
その水面の上をランタンを付けたゴンドラが波に揺られ揺られて下っていった。
そのせせらぎの中で秒針鳴らす時計はその日の終わりと始まりの狭間にその針をおいていた。

私は窓を静かに

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街角のカフカ #3

石畳を鳴らしてその人混みの中に飛び込めば、あちらこちらで鳴り響く音色や喧騒の中で、昼寝するゴンドラ八百屋の店主や、橋の上で海を臨む老夫婦を垣間見ることができた。
主人のいう雑貨屋というのは中心広場から一本裏路地に出たところにある。建物と建物に囲まれた昼でもランタンが灯るその暗路地には小さな立て看板と小さなドアが一つついている。この奥まった路地では先程までの喧騒も小さくなっていて、代わりに運河のせせ

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街角のカフカ #2

主人はこの狭い街に小さな小さな花屋を営んでいる。花屋は街の外れ、大洋に面した街の最西部にあり、中心地からもかなり距離はあるが客足は少なくなくそれなりに繁盛していた。
この花屋には花瓶がない。
注文を受けると主人は屋上や小さな庭へ来て私に注文の内容を告げる。
私はその都度、摘むなり切り落とすなりして店内へ持っていく。
主人は自分で花に手をかけるのは気が引けると語っていた。
その店内にあるのは椅子とカ

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街角のカフカ #1

花屋の前を通っていく舟が運んでいくように古びた街の夏風が香った。
何処かで響くピアノの音にのって騒ぐ人並みはその夏風を誇らしげにまとって石畳を鳴らしている。 

その音色を聞きながら目の前に咲いた花々の枝を切り落としつつ、昨晩のことを考えた。
「寝ぼけてたのかな。」
私の声と同時に赤く染まった花が庭へ落下した。
昨晩あの街角の橋で見た情景を思い起こして、また少し呆気に取られながら昼を告げるベルを聞

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