小説 ファッキン・ナイス・ワーク #6
その日の朝、奇妙な依頼が来た。とはいえ俺に寄せられる依頼はだいたい奇妙なものなのだが、それはいつものような程度ではなかった。
爆弾を作ってくれというのだ。そんなものの作り方などちょっと調べればわかる。ネットのアンダーグラウンドーーいまではダークウェブというのだろうか?ーーを漁れば、たいていの非合法なものは製法が見つかる。爆弾はもとより、銃、麻薬、贋金、その他の違法なものの手引き。
依頼のメールにはアングラサイトを、ダークウェブを当たれと返した。こちらはリスクをとりたくないのだ。犯罪に関わってまでカネを得ずともいい。
すぐにメールの返事があった。それなら爆弾はいいから、毒薬を作ってくれという。その作り方もあるところにはあるし、なんなら市販薬を合成するだけで十分毒薬にはなる。もう一度、他を当たれと返してタブレットを閉じた。今日は今日でやることがある。別の依頼をこなすのだ。
昼過ぎの約束の時間になって、ターミナル駅で依頼人と会い、地下街の喫茶店で打ち合わせをした。相手は若い男で、ブランドのロゴの入ったパーカーを着ていた。内容はといえばただの恋人探しだった。
「寂しいんですよね、やっぱり。ひとりきりで家にいるのが」とそいつはいう。
「人それぞれだけどな」
「ええ、だから僕の場合はです」
「わかってるよ。カップラーメンじゃなくて手料理を食いたいとか、家に帰ったときに電気がついていてほしいとか、夜中に突然孤独を感じるとか、目が覚めたときに横に誰かがいてほしいとか、そういうことだろ?」
ああ、はい、とだけいって目を伏せ、言葉を継がなかった。ついでにいえばセックスもしたいというところだろう。ぜんぶまとめても簡単な依頼だ。メモをとるまでもない。
「マッチングアプリとか使わんの?」
「あれはちょっと、なんだか怖くて」
「婚活パーティーとかは」
「結婚はまだ考えてないです」
よし、といってスマホに手を伸ばす。連絡先を流し見する。
「きれいどころをひとりずつ、三人まで紹介する。前金を少々と、話がまとまった時点で成功報酬をもらう。それでいいか」
はい、よろしくお願いします、と深く頭を垂れた。そこまで礼を正さなくてもいいのだが、真剣であることはわかった。
前金をもらったあと店の前で別れた。酒を飲みたいが、この地下街ではどこがうまいのかよくわからない。ブラブラと歩いてみることにした。居酒屋。店先の掲示板にのどぐろの刺身やらホタルイカの沖漬けやらとあった。地酒もある。もう飲み出して騒いでいる連中が店内にいた。この中では落ち着かなさそうだ。
いろいろ店を見て回ったがちょうどいいのがない。ピンとこない。端から端まで歩いて、結局さっきの居酒屋に戻ってきた。
やかましい店内で、カウンター席に座ってつまみと酒をやる。ああ、今日も仕事をした、商売をした、カネになった、というような感慨がある。自分にお疲れ様というやつだろう。
思い出したことがある。今朝のメールでの依頼、爆弾だ毒薬だといってきたあいつだ。何か事件を起こすようなやつだろうか。何かしでかして、そのとばっちりが俺にこなければいいが。
ビールのあと地酒を飲み、締めの鮭茶漬けを食ってから店を出た。
帰ろうとして通路を歩いていて、声をかけられた。俺の名前を呼んでいた。驚いて振り向く。ベージュのバケットハットをかぶった、長い髪の少年がいた。
「爆弾なんですけど」
少年はいう。
「爆弾、作ってくれませんか」
(続)
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