見出し画像

第二十八回「愛と誠」(番外編)(2018年2月号より本文のみ再録)

 前号で最終回としたが、存分には語り尽くすにはやや不完全燃焼気味だったため、今回は「番外編」と銘打って早乙女愛と太賀誠の“愛という名の戦い”の結末を描いた最終章・政界疑獄編について語ってみたい。
 前々号でも述べたが『愛と誠』のテーマは、最終章以前の緋桜団編までで一旦の終結だと考えている。誠の愛に対するこれまでの冷徹な態度の理由やその真意も明かされ、物語はここで終わっても十分に納得できるものと言える。しかし、連載が終わることはなかった。その年の秋に、梶原が興した三協映画製作による本作の映画公開が決定していたため、連載を延ばす必要に迫られていたからだ。そこで梶原が苦慮の末にひねり出した展開が政界疑獄編である。

※『愛と誠』の作品データとあらすじ


愛と誠の結末を描いた政界疑獄編とは?

 「記憶にございません」
 昭和40年男であれば、この流行語を生んだ大規模汚職問題のロッキード事件はご存知だろう。本作が完結に向かう1976年春から秋にかけて世間を騒がせていたこの政治事件をヒントに、政界疑獄編は描かれた。簡単にあらすじを説明しよう。“国有地払い下げ汚職事件”の中心人物のひとりとして愛の父は世間やマスコミの激しい糾弾を受ける。早乙女財閥は崩壊し、愛の環境はかつてない激変に見舞われる。緋桜団との抗争後に行方をくらましていた誠は、苦悩する愛を救うべく行動に出た...。
 これまでの学園内の宿敵との戦いでなく、財界の黒幕やその用心棒など“大人社会”との戦いは最終章のスケールとしては大きく、世相も取り入れてはいる。さらにはかつての敵・高原由紀や座王権太や再登場させるなど、登場人物にも盛り上げる要素を入れてはいるが、筆者には作品にそれまで感じていた、読んでいてヒリヒリするような感覚を得ることができなかった。前々号で筆者がこの展開を「蛇足」と書いたのはそういうことだ。離婚、原作者としての初受賞(講談社出版文化賞)、芸能&映画&格闘技界への進出など、『愛と誠』という作品はあの時の梶原一騎に起こった目まぐるしいほどの出来事に対する喜びや怒りがすべて刻まれていたのだと思う。だからこそ多くの読者を魅了する大ヒット作となったのだ。
 しかし、この政界疑獄編からはそうした喜びも怒りも伝わってこない、なぜなのか?ひと言で言ってしまえば“充足してしまった”のであろう。離婚後の生活環境にも慣れ、素人参入だった各業界にも仕組みや裏事情が理解できて運営がまわり出すなど、この世の春を満喫する梶原からは、ある種のハングリーさが失われてしまったのではないか。この時期は梶原一騎・凪の時代だったのだ。
 余談だが、三協映画初のヒット作『地上最強のカラテ』の公開が76年5月、勢いでつくられたパート2が12月公開、そして秋には話題の新連載『新巨人の星』を執筆している。この年は梶原にとって、原作に映画にまさに絶好調の1年であった。

絶頂期が生んだ唯一無二の純愛ドラマ

 かつて『巨人の星』の大ヒットが、梶原自身にも他のマンガ家にも同種のマンガ執筆依頼を呼び、少年マンガ誌がスポ根ブームとなった。だが『愛と誠』の大ヒットを受けた亜流作品があまり登場しなかったのはなぜだろう?スポ根作家からの脱却を果たした梶原の、次に向かう作風としても青春純愛モノはアリだったと思う。しかし同時期に請われて手掛けた『朝焼けの祈り』(※1)も『花と十字架』(※2)も、読者の支持を得られず、梶原は次の方向性を昭和浪漫ものへとシフトする(この論についてはまた次の機会に)。多分梶原自身にも少年マンガの素材として男女の愛を描くことに(素材的にも表現的にも)限界を感じていたのではないだろうか?ながやす巧という逸材との出会いや自身の状況がもたらした、他のマンガ家には決して真似のできない青春純愛作品。それが『愛と誠』なのだ。最後に本作完結後に掲載誌で組まれた特集に寄せらた言葉を紹介したい。
 「いかなる愛情も、誠実も、かならずしも酬われ実を結ぶとはかぎらぬ現実を、そして、それゆえに一層の愛と誠の美しさを、私は『愛と誠』で追求したかった。さらには男と女の愛のかたちの宿命的なちがいを だから、いかに真摯に愛しあえども両者の孤独を」
 今一度言おう!これを機に『愛と誠』を一騎に読め!

※1 学習研究社刊『中学三年コース』〜『高一コース』連載/画・かざま鋭二
※2 学習研究社刊『中学三年コース』連載/画・古城武司

『ヤンジャン!』アプリにて「愛と誠」【完全版】が電子書籍で配信中!

「愛と誠」公式サイトはこちら!

【ミニコラム・その28】

『愛と誠』の前日譚を書いた小説版
劇場版第2作公開やテレビ版放送と作品人気がヒートアップした1975年春。本作を特集した『少年マガジン ジャンボグラフ』というムック本に掲載された短編『蓼科慕情』をご存知だろうか?愛が誠と再会する以前、彼に想いを寄せる娘・季実を通して語られる物語だ。文と挿絵が梶原・ながやす両氏で描かれた前日譚だが、完結後に発売されたイラスト集に再録されたきりの幻の小説版である。

第二十一回「愛と誠」(その1)を読む

第二十二回「愛と誠」(その2)を読む

第二十三回「愛と誠」(その3)を読む

第二十四回「愛と誠」(その4)を読む

第二十五回「愛と誠」(その5)を読む

第二十六回「愛と誠」(その6)を読む

第二十七回「愛と誠」(その7)を読む