見出し画像

第二十五回「愛と誠」(その5)(2017年8月号より本文のみ再録)

「きみのためなら死ねる!」
 「愛と誠」のみならず、昭和の恋愛マンガのなかでも屈指の名セリフである。我々昭和40年男であれば誰もが心打たれ、いつかは好きな人に告げてみたい!と妄想した経験があるだろう。このセリフを言った岩清水弘は早乙女愛への一途な想いを胸に秘めたクラスメイトで、太賀誠との愛の戦いに傷つき疲れた彼女を、やさしく支える癒し系のメガネ男子だ。決して報われることのない永遠の片思いに生きる姿に、筆者を含め思春期を“リア充”で過ごせなかった(笑)多くの読者は、太賀誠のかっこよさに憧れる想いはあったにせよ、深く心情を重ね合わせて読んだのは岩清水弘の方であろう。冒頭のセリフだけではなく、僕らは彼の行動や言葉から“愛とは何か”を学んだのではないか?連載当時はふたりの主人公に匹敵する人気キャラクターで、『愛と誠』影の主役とも言える岩清水弘を取り上げ、熱く語っていこう!

※『愛と誠』の作品データとあらすじ


冷静・正確がモットー、物語のテーマを語る男

 名門・青葉台学園きっての秀才である彼は、ドラマティック&バイオレンスな物語のなかで常に中立な立場で状況を見つめる存在だ。筆者は以前に太賀誠と早乙女愛が、梶原の“こんな俺でも愛せるのか?”と“こんな俺でも愛してほしい!”という恋愛に対する自身の相反する2つの感情を分け与えたキャラクターであると書いた。ならば岩清水弘は、この2つの梶原の感情に対して一歩引いた、劇画原作者としての自分を投影させたキャラクターだったのではないだろうか?ゆえに『愛と誠』で読者に伝えたいメッセージを、岩清水の口から語らせていたのだろう。
「人が人を愛することはきびしいことなのだよ それは戦いでさえある!」
(日頃冷静な自分が)愛する人の足もとに血にそまって死ねれば本望なんて思うのは... 青春とは“矛盾”なんだな きっと!」
 言葉だけではない。彼の行動にも梶原の恋愛美学である。“無償の行為”が反映されている。決して見返りを求めず、相手に尽くし抜く...そんな彼のかっこよさにあふれた筆者おすすめのシーンがある。
 誠を愛するがゆえに、岩清水の真心に報いることができない愛は、彼を自分から遠ざけるために「私は悪党を追っかけまわすバカな女だからもう忘れて!」と訴える。しかしコレに対して岩清水は毅然とこう答える。
「それがどうしたんだい?」「愛するってことは 真実の愛とは...相手が愛してくれないからってとりやめたり 相手を上等だの下等だのと品さだめしたり...そんな取り引きじゃない ひたすらにささげ尽くすもの!報酬を求めぬもの!すくなくともぼくはそう信ずるよ」
 ちっぽけな嘘など通用せぬ広い心!好きな人のためなら見返りなど求めずただ尽くすのみ!その行動原理の前にはどんな愛の障害だって関係ないのだ。嗚呼、筆者も広い心を持って言ってみたい。

岩清水弘という名前に込められた意味

 凶暴な虎(タイガー)のような性格から“太賀誠”、財閥令嬢を表す“早乙女愛”。梶原作品のキャラクターは各自が持つイメージに合わせた名前が付けられるが、“岩清水弘”にはどんな意味を込めたのか。
 「雨垂れ石を穿つ」ということわざがある。わずかな水滴でも長い間同じ場所に落ち続ければ、硬い石にも穴を開けられるという意味だが“岩清水”という苗字は上記のことわざの石を岩に置き換えられて考えられたのではないか。清らかな水(滴)で岩に穴を開けるような、気の遠くなるような忍耐と信念の強さを表しているように思える。「弘」という字にはスケールが大きいという意味もある。
 最後までヒロインを支え続ける、すばらしいキャラクター名だと筆者は考えている。連載当時を知らない世代から“元祖ストーカー”などと揶揄され笑いのネタにされがちなのは嘆かわしい限りだ。だが、この回を機に『愛と誠』をちゃんと読んでもらえれば、彼のすばらしさが必ず正しく理解されるここと筆者は信じている。(次号に続く)

『ヤンジャン!』アプリにて「愛と誠」【完全版】が電子書籍で配信中!

「愛と誠」公式サイトはこちら!

【ミニコラム・その25】

岩清水パロディの傑作!
読者に強烈な印象を残したキャラクターがパロディにされることはよくある話だ。『週刊少年マガジン』に連載された『1・2の三四郎』(※1)に登場した岩清水健太郎は、本家のパロディとしては筆者太鼓判の傑作キャラクターである。ヒロインに好意を寄せ「君のためなら死ねる」が口癖。元来惚れっぽい性格なのか、ヒロインが脈なしと見るや校内の好みの美女を集めた“死ねるリスト”を作成。夏でも学生服の上からトレンチコートを羽織る変人という設定。読者人気もあり作者も気に入ったのか、双子の兄を主役にした『それいけ岩清水』(※2)というスピンオフ作品も同時期に連載された。

※1 作・小林まこと。1978年から83年まで連載。
※2 1980年から81年まで『月刊少年マガジン』で連載。

第二十一回「愛と誠」(その1)を読む

第二十二回「愛と誠」(その2)を読む

第二十三回「愛と誠」(その3)を読む

第二十四回「愛と誠」(その4)を読む

第二十六回「愛と誠」(その6)を読む

第二十七回「愛と誠」(その7)を読む

第二十八回「愛と誠」(番外編を読む