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第二十二回「愛と誠」(その2)(2017年2月号より本文のみ再録)

 前号までに、梶原一騎作品史において『愛と誠』が重要な意味を持つエポックな作品であると述べてきた。その理由として本作の成功により、それまで果たせなかった“スポ根作家”のイメージからようやく脱却できたからであることはすでに書いたが、しかし理由はそれだけではない。“男女の愛”という壮大なテーマに挑み、“女性を描く”ことを見事に成し得たという点でもエポックだったのだ。
 それを裏付ける意味で、『愛と誠』が企画された当時を回想した担当編集者のコメントを引用しよう。
 「梶原一騎といえば、“男”を描く原作者。誰もがみんな梶原さんの男っぽさばかりを見ていました。でも、同時に彼は、すごく繊細な、女性的な部分を持った人でもあったんです。(中略)梶原さんなら、女性が書ける。そこで私たちは、梶原さんに男と女の愛情をテーマにした作品を書いてもらおうとしたんです。野太い恋愛ドラマをね。」(斎藤貴男著『夕やけを見ていた男』新潮社刊)
 梶原がこのような編集者の企図に応えることができた裏側には、実は梶原自身の身に起こったある出来事があった。

※『愛と誠』の作品データとあらすじ


梶原を襲った青天の霹靂 妻子との別れによる変化

 『愛と誠』の連載が始まる数ヶ月の1972年11月、梶原と長年連れ添った妻・篤子との離婚が成立した。その原因をひと言で表すならば、カネも名声もある人気劇画原作者として、華やかな日常を狂気のごとく過ごす梶原の放蕩に妻が耐えかねた、ということになろう。協議の末に4人いた子供のうち長女と次男を梶原が引き取り、長男と次女を妻が引き取ることになった。この離婚劇は『愛と誠』執筆に大きな影響を与えたとされる。梶原の没後に書かれた篤子夫人の著書『妻の道』(JICC出版局刊)によれば、離婚数ヶ月後に会った元妻に、当時執筆中であった『愛と誠』について、しみじみこう語ったという。
 「これは、お前と別れたから書けたんだ」
 この言葉の真意について、梶原が公に語ることは生涯なかった。しかし、続けて元妻にもらしたという言葉は、このことを読み解くうえでとても重要だ。
 「俺は、お前が家を出て行くまで、女っていう奴を買い被っていたんだ」「お前だけは、俺の側から離れないって、何故か思っていたんだなぁ」「女が判っていなかったんだよ」(いずれも『妻の道』より)
 筆者が推測するに、離婚が劇画原作者の梶原一騎にもたらした最も大きな変化は、女性観ではないだろうか?それまで『巨人の星』の星明子、『あしたのジョー』の白木葉子、『タイガーマスク』の若月ルリ子など、梶原は女性キャラクターに対して亭主関白ならぬ“原作者関白”であったように思うのだ。「女性とはかくあるべし!」という自身の理想や願望から作り出した彼女たちは、美しく健気で毅然と振る舞っているが、どこか“すきのなさ”もイメージさせる。それでも、言わば男の世界における脇役であればよかったが、『愛と誠』は違う。早乙女愛は、自身の身に起こる波乱万丈な物語を多感多情に演じるヒロインなのだ。そこに梶原の原作者としての苦慮があったとすれば、離婚という人生の苦い経験が女性の気持ちに真正面から向き合って考えるキッカケとなったと言えるのではないだろうか?

早乙女愛に重ね合わせた原作者自身の想い

 梶原のそうした想いがヒロインの心情として巧みに表現されている名シーンがある。自らが負わせた眉間の傷による太賀誠の凄惨な過去を知った愛が、その罪の大きさに苦悩し、誠への償いの人生を決意する台詞がそれだ。
 「あの遠い日の魔のスロープで見知らぬ少女をすくって 血にまみれた彼を愛している 永遠に変わらず!」「ど…どんな苦しい きびしい 愛であり つぐないであろうと あの永遠の像のためなら死ねるのだから…そうだわ へこたれたりする道理がなかったのだわ」(『愛と誠』コミックス第1巻より)
 “傷”を負った苦しみをバネに暴れる誠の姿が梶原なら、負わせた相手に対して救済の想いを抱く愛の姿もまた梶原なのではないだろうか…。本作を既読の読者にも、そうした視点で『愛と誠』を再読していただければ、本作の新たな魅力が発見できると思う。
 新たな分野への挑戦、女性キャラクター造形への開眼。劇画原作者として表現の幅を広げた梶原がつづる恋愛大河ドラマは、男子だけでなく女子読者層も増やしていく。こうして高まる人気を受けて、出版社は作品からさまざまなメディア展開を仕掛けていくことになるが、その話は次号にて。
乞うご期待!

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【ミニコラム・その22】

どの早乙女愛が好き?
 我々昭和40年男にとって早乙女愛と言えば、本作の実写映画化でデビューした女優の早乙女愛を挙げる人が多いかもしれない。他にテレビドラマ版の池上季実子や、記憶に新しい平成版の武井咲を挙げる人もいるだろう。だが、もうひとり!上記の誰よりも早く、早乙女愛を演じた人がいたのをご存知だろうか?その人の名は松原愛。『週刊少年マガジン』誌上で公募されたオーディションに合格し、“あいとまこと”という男女デュオで歌手デビューを果たした直後、映画に先駆けてラジオドラマ化された本作で早乙女愛役に抜擢されたのだ。このラジオドラマは現在、メディア化されていない幻の作品であるがゆえに、筆者は勝手に彼女の存在を“早乙女愛0号”と位置付けている(笑)。

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