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第二十七回「愛と誠」(その7・最終回)(2017年12月号より本文のみ再録)

 夜の雑踏のなか、独り涙を流して歩く太賀誠。『愛と誠』第四部は“のんべえ小路の女”の存在をめぐり、これまで描かれなかった誠の心の内側をメインに展開してゆく。当時筆者は、女性の存在とその真相に動揺する早乙女愛の心情とを合わせた愛のドラマとして読んでいた。しかしあらためて丹念に読むと、この展開の主役は誠とのんべえ小路の女=彼を捨て蒸発した母親・トヨであり、梶原はこの母子のもうひとつの愛のドラマに想いを込めていたフシが見受けられる。それはなぜか?梶原の心情と合わせて語りたい。

※『愛と誠』の作品データとあらすじ


明かされた誠の心情と重なる梶原の想い

 自分を捨てた母親の存在を知るも、名乗ることもできず、働いている呑み屋で酔客に媚び、泥酔しては暴れる哀れな姿を見続けていた誠にとって、早乙女愛の思慕に応える余裕などあるはずもなかった。その冷淡な態度や、自らを破滅に導くような投げやりな行動の理由もそこにあったのだと、梶原は明かす。徹底的に孤独な誠の心情を描けば描くほど彼の“母性への渇望”が浮き彫りになり、筆者にはそれが常に自身の願望や想いを作品に反映させている梶原の心情の吐露にも思えてならない。
 梶原の両親は離婚もしていないし、母親とは同居もしている。しかし、母親が病弱のため幼少期は主に父親に育てられていた。また、親の愛情を受けるべき大切な小学校高学年から中学校3年間に及ぶ期間を親元から離れて教護院で過ごしている(後年梶原は著書でこの時期を回想して“親に捨てられた”と感じ恨んだと語っている)。こうした事実から、特に母親の愛情に植えていたことは想像に難くない。「愛されて育った者は、ある年齢になると、人を心から愛することができるようになる。愛のなかで育たなかった者は、いくつになっても愛を欲してばかりいる」(※1)
 かつて妻・篤子に語ったという梶原の言葉は深く重い。
 『愛と誠』という作品のテーマでもあり梶原が欲し求める真の愛が、相手のすべてを許し受け入れて、見返りを求めず無償で捧げ尽くすべきものであるなら、それは母親の子供に対する母性愛に等しいだろう。これまでは若い男女の物語として台詞やストーリーに盛り込み、それを匂わせてきた梶原が、自身の分身たる誠の内面を初めて描いた時に直接的な表現を用いた事実をどう考えればよいか?その鍵となるのが、当時銀座界隈で繰り広げられたホステスたちとの奔放な女性関係だ。
 「銀座でカスった女は、数え出したら百や二百じゃきかないね。愛人にした一流クラブのママだけでも、五人いる」(※2)
 だがどれだけ多くの女性と浮名を流したところで、所詮は梶原が著名であるが故の上辺だけのもので、本当の意味で心が満たされるわけではない。栄光の頂点にあって傍目には自由な梶原が、渇望し求めていた愛のドラマとしてあの展開を描かずにはいられなかったのだとしたら...。筆者にはこの時期の梶原は“そう考えるしかないほど疲れきっていた”と思えてならない。作中、緋桜団団長・砂土谷の鋭いムチを受けてつぶやく誠の台詞「し...死んでもいいやな...い いやさ...死にてぇぜ!」も、実は梶原の心情の吐露であり、荒廃した自身の魂の救済として求めたのが本作で描きたかった“愛”の正体ではないだろうか?梶原研究の意味でも、本作の終盤における展開は重要だ。
 『愛と誠』を書いたことが劇画原作者・梶原一騎に与えた影響のなんと大きかったことだろう。スポ根作家からの脱却、離婚・子供との離別、映画・芸能・格闘界への進出、出版文化賞受賞...目まぐるしい環境の変化のなかで、梶原は劇画原作者という枠を超えた存在となっていく。それはひとりの男としては“成功”と呼ぶべきことであろう。だがその反面、備わっていた才能がいくつもの仕事に分散されることで原作者としての梶原が生み出す作品のパワーは徐々にしぼんで、ヒット作を生み出せなくなっていく。『愛と誠』の功罪。ファンにとっての本作は、愛憎入り混じった作品として読み継がれ、評価されるべきではないだろうか?
 昔読んだきりでストーリーもおぼろげなアナタ!本棚にコミックスを眠らせているアナタ!そして折に触れ読み返しているアナタ!これを機に『愛と誠』を一騎に読め!

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【ミニコラム・その27】

匠のこだわり、2001年版
緋桜団編と前後して、原作の暴力描写がより濃くなるにつれて、画を描くながやすもまたその影響を受け、人物の表情がキツくなり絵のタッチも暗くなっていった。そうした反省から、ながやすは2001年の復刻を機に約1,000頁分の描き直しを行っている。随所に改訂の跡が確認できる2001年版(とそれ以降)の単行本は旧版と共にそろえてほしいファンのコレクターズアイテムである。

第二十一回「愛と誠」(その1)を読む

第二十二回「愛と誠」(その2)を読む

第二十三回「愛と誠」(その3)を読む

第二十四回「愛と誠」(その4)を読む

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第二十六回「愛と誠」(その6)を読む

第二十八回「愛と誠」(番外編)を読む

梶原一騎が伝えた愛 を読む