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医療に関するメディアの功績と大罪  ~情報が人を殺す時代〜

 不意に、目が覚めた。疲れていると目覚ましが意味をなさないような自分の眠りから、このように覚めることが、年に数回ある。原因は見当もつかないが、悲しい出来事が起こる日に多いように思う。少しずつ覚醒してくると、携帯電話のアラーム……ではなく、着信音が部屋に鳴り響いた。画面に目をやると、姉の名前が表示されている。何かを察し、すぐに通話ボタンを押す。
 「もしもし?」
 「……たっくん…………」
 姉が、泣いている。
 「お父さん、逝っちゃったっ……!」
 「……そっか…………」
 その後も泣きながら話す姉に対し、自分は淡々と言葉を返していく。
 父は数年前から癌を患っており、状態が悪化した先週には一度帰省して、直接会って話はしていた。覚悟は、できていた。姉に急いで帰る旨を伝え、電話を切る。勤務先に連絡をして、飛行機の予約をして、荷物をまとめて……。ベッドに座りながら、これからやるべきことを頭の中で整理する。
 まずは休む連絡をしなければ。携帯電話を手に取る。ディスプレイは、滲んでよく見えなかった。



 父が、亡くなりました。
 大腸癌で、亡くなりました。

 2人に1人は癌になり、3人に1人は癌で亡くなるこの世の中では、そう珍しいことではないでしょう。人の死なんておおっぴらにすることではない、ましてや記事にするだなんてとんでもない、と仰る方もいらっしゃると思います。私自身も、あまり良いことではないのかな、と考えています。
 しかし、父の死の経過について、どうしても納得できないことがあり、皆さんに伝えたいことがあったため、このような記事を書くに至りました。少しの間お付き合いいただけますと、幸いです。
 本題に入る前に、父の死の経過について、私の目線から説明させてください。



 父に癌が見つかった。家族からそう連絡が入ったのは、私が医学部2年の夏頃だった。今回父は救急車で運ばれ、様々な検査を行った上で、少し引っかかった項目があり、詳しく調べてみたところ、癌を指摘されたのだ。「癌」という単語を聞いて、心がざわついたが、よくよく話を聞くと、非常に早期の癌のため、手術で切除可能だという。
 内心、ホッとした。
 癌ができた場所は大腸だ。きちんと早めに対処すれば、命に関わるような事態にはならない。学生生活はまだ4年以上残っており、まだ何も両親に恩返しできていない私にとっては、治る可能性の高い癌で安心したことを、よく覚えている。手術をしてきちんと癌を取り除けば、父はまだまだ長生きすることができる。自分が社会人になり、自分の給料で家族にプレゼントを買ったり、旅行に連れて行ったりすることができる時間もあるだろう。
 ただ、一つ気になる点があった。父の癌は、大腸の中でも最も肛門に近い部分である直腸にできてしまった。直腸の近くには、排便に関与する神経があり、手術でその神経を傷つけてしまう恐れがあった。直腸癌の患者さんの中で手術を選択した方が、全てそうなるわけではないが、父のケースでは、人工肛門になる可能性が高かった。人工肛門になることは、もちろん本人にとって負担になることだが、私を含む家族の意見としては、命には代えられないのだから、手術をしなければならない、というものだった(父以外で話し合ったわけではないため、あくまで私の想像ではあるが……)。
 しかし、最終的な治療方針を決めるのは、父である。
 人工肛門になるかもしれない、という説明に驚いてはいたが、最終的には手術を選択する。そう信じていた。命と何かとを天秤にかけた場合、ほとんどの人は前者を選ぶだろう。故に、誰も父に口を出さなかった。
 ……今思えば、もっと口を出すべきだった。

 母から再度相談があったのは、私が解剖実習に悪戦苦闘していた頃だっただろうか。父は糖尿病を患っていたため、まずは血糖値をコントロールしてから手術を検討しましょう、という方針になったはずだが、どうも雲行きが怪しいらしい。
 父が手術をしたがっていない、というのだ。
 頭の中に疑問符が浮かんだ私は、母から詳しく事情を聞いた。母は、ある人の考えに傾倒してしまったのではないか、と不安を抱いていた。以降、その人物を仮にXと表記しよう。Xの名前には聞き覚えがあった。当時、テレビや雑誌などのメディアで取り上げられていることが多く、書籍も複数出版されていた。確か「癌は放置してもいい」とかわけのわからないことを言っているな、と当時の私は認識していた。
 父と話してみる。なるほど、確かに様子がおかしい。あからさまにこちらの発言に噛みつくようなことはなかったが、なかなか手術に踏み切ってくれない。癌の危険性をわかっていないからかもしれないと思い、何度も癌の怖さを説明したが、効果がなかった。逆に、父からXの著書を薦められたくらいだ。
 家族は何度も父を説得した。放っておけば、いずれ死んでしまうのだ。私が学生だから信用してくれないのかと思い、普段勉強でお世話になっている先生にもワガママを言い、説得をお願いした。父の考えは、変わらなかった。元々父には頑固な気質もあったが、それでも今回の一件は異常だった。
 父は、たくさんの医師の診察を受けた。当時の父とのメールを掘り返してみたが、電話相談・メールでの相談を含めると、9人の医師の考えを聞いていた。これほどまでに多くなった原因は、きっと手術をしなくても大丈夫、と同意してくれる医師を探していたのではないか、と推測する。しかし、どの医師も「手術をするべきだ」と結論した。ある医師は、「Xの信者は勝手にすればいい」とまで父を突き放した。最終的に父の中では、Xのクリニックに赴く以外の選択肢は、なくなっていた。

 ついに、東京にあるXのクリニックに行くことが決まった。母から、私も同席してくれないかと頼まれた。当時解剖の口頭諮問が控えていたが、もうそんなことはどうでもよかった。おそらくここが父を止められる最後のチャンスであることは、直感的にわかっていた。罪滅ぼしとして解剖の分厚い参考書を鞄に入れ、ある土曜日の朝、東京へと出発した。
 Xと直接話した上で父を説得するためには、まず敵を知らなければならない。不本意ながらXの著書を購入し、事前に読み込んだ。学生でも突っ込めるようなデータの解釈、数十年前の研究データのグラフ……。本当に、父はこのXの考えを信じたのだろうか。あの頭のいい父が。何度読み返しても、Xの主張には1ミリも同意できなかった。
 東京で両親と合流し、クリニックに行く前にカフェでランチをとった。そこで私は、Xの本を読んだ上でやはりこの考えは間違っていることを父に伝えたが、暖簾に腕押しだった。もう私には、Xを論戦で打ち負かす以外に、父の説得の方法が思いつかなかった。
 クリニックに到着した。料金は、30分6万円。すでにこの時点で突っ込みたい気持ちをこらえ、Xの診察が始まる。当初の予想通り、「癌を放置すべきだ」「手術はするべきではない」というものだった。ある程度Xの話を聞いた後、私から様々な質問をした。しかし、本筋から逸らされたり、はぐらかされたり、揚げ足をとられたり……。「手術をする」という方向にもっていけない。単純に考えれば、当時21歳の若造が舌戦で勝てるような相手ではないのだ。テレビや新聞、出版社を騙している詐欺師に、勝てるわけがなかったのだ。
 結局父の考えを変えられないまま、ホテルに帰った。この戦いに負けたら、泣くと思っていたが、不思議と涙は出なかった。ただただ、無力感が私を襲った。罪悪感が私を包んだ。 

 私は、父を救えなかった。

 ホテルの一室で、両親の寝息が聞こえる。明後日は試験だ。班員に迷惑をかけるわけにはいかないから、少しでも知識を入れておきたい。暗がりの中で、少し明かりをつけながら、解剖の参考書に目を通す。今まで十年以上勉強してきて、一番頭に入らなかった。何も、頭に入るわけがなかった。

 父は、当面の放置を決めた。
 父は、死を避けられない道へと、歩み始めた。

 そこからは、もう一直線だった。何の救いもない。漫画や小説のような逆転劇もない。一度治療をしてくれる気にはなったが、父が選択した治療法は、手術ではなく民間療法だった。そのまま癌は進行していき、再び救急車で運ばれ、お腹を開いた時には、大腸全体に癌は拡がっていた。姑息的な手術となり、癌を身体の中に残したまま、人工肛門が作られた。その時点から抗癌剤を使い始めたが、あくまで転移を防ぐためのものであり、負け戦であることに変わりはなかった。
 これ以降、父は抗がん剤の副作用に苦しめられていく。人工肛門での生活にも、慣れていかなければならない。私は大学のある県で一人暮らしをしていたため、父と一緒に暮らしてはいなかったが、同居していた家族にとっても負担であったことは、想像に難くない。よく父から、副作用について相談された。
 「缶の蓋を上手く開けられなくなった」
 「髪が抜けてきた」
 「よく転びそうになってしまう」
 「手足のしびれはどうにかならないのか」
 おそらく世間の人々が想像するような、強い副作用は出なかったが、それでも父のQOLは低下していった。日常生活も徐々にままならなくなり、一時的に入院する機会も増えてきた。
 ついに、肝臓にも転移したとの連絡が入った。覚悟を決めなければならないタイミングが、迫っていた。それでも、普段の生活は続いていく。病院実習が終わり、就職試験が終わり、卒業試験が終わり、国家試験が終わる。致命的な悪化はなかったが、真綿で首を絞められるように、父の病状は悪化の一途を辿った。それでも、父は私の卒業式に来てくれた。家族の前では気丈に振る舞っていたが、おそらく最後の力を振り絞っていたのだと思う。

 肝臓の転移が急速に増大し、痛みから入院を余儀なくされた。主治医のICに私も同席し、緩和ケア病棟への入院が決定した。明確に死が近づいてきているにも関わらず、私たち家族の会話は変わらない。強いて言えば、父の病院での様々な愚痴が加わったくらいだ。動揺する家族がいないことに安堵しつつ、私も含めた家族の中で、誰一人父の死を完全には受け入れられていない事実も、浮き彫りになった。
 父の血圧が、不安定になってきた。低くなっては、正常に戻る流れが繰り返された。当直明けのある日、主治医から家族を招集するように言われたと、姉から連絡が入った。最新の血液検査のデータを、写真で送ってもらう。
 「カリウム、7.3……」
 いつ何が起こってもおかしくないような値だった。急いで勤務先に連絡し、新幹線に飛び乗る。幸いにも、移動中に血圧は持ち直し、私が病院に到着する頃には、父の血圧は正常に戻っていた。しかし、先日ICに同席した際の父の様子と比べると、もう最期の時が近づいていることを痛感した。
 その日から、家族が交代で父の病室に泊まることになった。父を独りにしたくなかった。父の状態は、駆け付けた日からは随分と回復し、調子がいいときは、少しだけ会話もできるようになった。ただ、ご飯はほぼ食べることができず、痛み止めの麻酔薬を点滴で投与され、氷を食べるだけの日々が続いた。
 勤務先の県に戻る日の前日、私は病室に泊まることにした。実家のある都道府県から、私の勤務先の都道府県までの移動時間は、どんなに急いでも数時間はかかってしまう。それは、次に父が急変した時は間に合わないことを、暗に示していた。ベッドに佇む父を見つめる。今日が、父に会える最後の日かもしれないのか……。複雑な感情が、湧き上がってくる。

 父が亡くなることへの、悲しみなのか。
 父が手術を選択しなかったことへの、怒りなのか。
 父が今まで私を育ててくれたことへの、感謝なのか。
 父がいつ死ぬかわからない恐怖からの、解放感なのか。
 父を救えなかった自分への、無力感なのか。

 表現することができない感情が胸から溢れそうになるが、それを父にぶつけるわけにはいかない。他愛もない話題を父に振る。父はほとんど喋らなくなったので、頷くか首を横に振るかの反応が返ってくる。
 消灯の時間が、近づいてくる。無言でいる時間が、長くなってくる。最後に、父の考えを聞きたかった。父は自分の選択に納得しているのだろうか。後悔はないのだろうか。
 「……父さん…………、救えなくて、ごめんね……」
 口から自然に出た言葉は、質問ではなく、謝罪の言葉だった。
 ベッド脇にいる私と視線は合わせず、父は虚空を見つめていた。
 否定も肯定もせず、ただ一点を見つめていた。


 翌朝、父が入院していた病院を後にした。

 3日後の朝、父は息を引き取った。


 実家への帰路の途中、電車に揺られながら物思いにふける。
 「なぜ、父は死ななければならなかったのか」
 直接的な死の原因については、議論の余地がない。Xの考えに触れなければ、父は手術を拒否しなかっただろう。手術で癌を取り除いていれば、例えその後転移が起こってしまったとしても、今回よりは長生きできたはずだ。問題は、父が自分の選択に納得していたかどうかだ。
 父は、音楽が大好きだった。私が今まで出会ってきた人達の中で、父ほど音楽に造詣が深い人はいなかったように思う。そんな父に、音楽に携わる仕事の話がきていた。とても嬉しかっただろう。しかし、父に癌が見つかった時期も、皮肉なことにほぼ同じだった。手術をすれば癌はなくなるが、そのためには入院が必要だ。手術のせいで、音楽の仕事の話がなくなるかもしれない。そのことを、父は大きく懸念していた。そんな折、Xの考えは父にとって、悪魔の囁きだったに違いない。

 父は以前、Xの考えをメールで私に送ってきた。
 「彼の言いたいことは以下の通り。すべての著作物のエッセンスはこう集約できる。『放置すべきだ』ではなく『手術を急がず、様子をみながら必要最小限の措置を』ということ。根底には『現代医学でがんを根治するのは不可能』という信念があるようです」
 様子をみていたら手遅れになることがあるから、こうして説得しているのに、と当時の私は憤慨していた。父が亡くなってから改めてこのメールを読み返すと、一点だけ共感できる言葉があった。
 「信念」



 SNSが発達し、情報過多となっている現代には、怪しい治療法やサプリに関する情報が溢れています。癌だけに絞っても、Google検索に入力しただけで、実に多くの情報が表示されます。その中で、私たちは一体どのようにして正しい情報を入手すればいいのでしょうか。
 医師の発言を信用すれば大丈夫、と断言できればいいのですが、残念ながらそうはいきません。医師の中にも、間違った知識を流布している人はいます。本記事に登場するXも医師です。「肩書き」ではなく、「内容」を自分の中で吟味しなければ、簡単に貴方も騙されます。
 俺は頭がいいから騙されない、と考える人もいるでしょう。恥ずかしながら、私自身も昔はそう考えていましたが、父の件で考えを改めました。贔屓目なしに父は、私の人生の中で最も聡明な人物の一人でした。自分が病気になった時に、貴方は正しく物事を判断できますか。貴方の家族が病気になった時に、貴方は正しい情報を家族に提供できますか。

 もちろん、大本のデマ医療を発信する人たちがいなくなれば、万事解決です。当初、私もこのような人たちをなくすことができれば、と考えていましたが、今回の出来事で難しいことを悟りました。民間療法やサプリがある病気に効かないことを証明することは、悪魔の証明です。また、患者やその家族が効果を怪しむ時期には、もう彼らに反撃する気力は残っていません。
 では、患者やその家族以外が、彼らの行動をやめさせるよう呼びかければいいのではないでしょうか。お金儲けだけを考えている人は、大多数が声をあげれば可能かもしれません。しかし、Xのように「信念」を持っている人は、実に厄介です。彼らは、自身の正義感のもと、人々を助けようと考えながらデマ医療を広めています。本当に怖いのは、根っからの悪人ではなく、誤った正義感のもとに行動する人たちです。直接Xと話した際に受けた印象では、おそらく彼の信念は変わりません。他人を傷つけていい信念は許されませんが、彼らを止められる術は現状ありません。
 大本を消すことができないのであれば、方法は限られてきます。私が思いつく方法は、二つです。

 ・私たち情報の受け手が、取捨選択して正しい情報を得る
 ・メディアが誤った情報を取り上げないようにする

 一人で情報を探すことが大変なこの時代では、メディアはとても重要な役割を担っています。新しく適切な情報を、素早く私たちに提供してくれます。情報検索という能動的作業に比べて、メディアの利用は受動的であり、情報の解釈もついてくる分、私たちの負担は減っています。
 メディアが健康に関する話題を取り上げるようになったのは、ここ数年の話ではありません。私が小学生の頃には、すでにテレビで健康番組がいくつも放送されており、新聞にも病気に関する本の広告が並んでいました。人々が健康に関心を持つようになり、普段の生活習慣や食習慣を見直すようになったことは、医療に関するメディアの功績といっても差し支えないでしょう。病院の診察室で、医師が数分間のやりとりで説得できる人数には限界があります。
 しかし、不正確な情報も取り上げられていることは否めません。大きなものを挙げると、インフルエンザ治療薬のタミフルが異常行動を起こすのではないか、子宮頸がん予防ワクチンには重大な副作用があるのではないか、福島の原発事故による放射線は危険ではないか……などといったところでしょうか。小さなものまで挙げると、きりがなくなります。
 メディアに携わる人たちは、もちろん医療のプロではないですし、人間ですからミスもあるでしょう。間違った報道を完全になくすことは、ほぼ不可能だと考えます。しかし、誤った報道があった後の対応について、あまりにもなおざりにされてはいないでしょうか。タミフルは異常行動と関係がないと結論されたのに、HPVワクチンの接種は報告されている多彩な症状に影響を与えていないとされたのに、福島での放射線の安全性は確認されたのに、大きく報道されません。

 当時はあれだけ取り上げておいて、数年経つとまるで他人事。
 残されたのは、偏見だけ。

 偏見だけでも、人は傷つきます。それだけでも大きな問題ですが、さらに進むと、人の命に関わってきます。HPVワクチンを例に挙げると、メディアの報道の影響から、国内のワクチン接種率は激減しました。日本の接種率はわずか0.3%。子宮頸がんは、毎年3000人弱が亡くなっている病気です。その病気になる可能性をかなり下げることができるワクチンがある一方、最近はコロナのワクチンの必要性を各メディアが叫んでいます。皮肉にも程があります。
 一度情報を発信すれば、メディアの仕事は終わりなのでしょうか。
 過去に報道した情報の真偽の精査は、メディアの仕事の範囲外なのでしょうか。


HPVワクチン 接種率

時事メディカル2019年11月7日の記事より引用
https://medical.jiji.com/topics/1415?page=2

 受け手がいないと、メディアは成立しません。故に、人々の目を引くためには、ショッキングな見出しが多くなる傾向にあります。今回の新型コロナでも、新たな感染者数はほぼすべてのメディアで報道される一方、退院者数を報道するメディアは少ないように感じます。「現在コロナに効く治療法はありません」というニュースよりも、「この薬がコロナに効くかもしれません」というニュースにアクセスが集中しています。それは、仕方のないことですし、報道の自由です。ただ、より多くの人々の注目を浴びるために、内容を誇張してはいませんか。新しいニュースを伝えようと急ぐあまり、正確性が失われてはいませんか。



 父は、殺されました。
 無責任なメディアに、殺されました。



 私は、父の選択を責めるためにこの文章を書いたわけではありません。正しい情報を得た上での選択と、誤った情報が混じった上での選択とでは、例え結果が同じになろうとも、天と地ほどの差があります。
 病気に対する科学的に妥当な選択肢を提示できなかった自分への戒めと、このようなことが起こらない社会になってほしいという願いを込めて、筆を執っています。

 希望はあります。忙しい仕事の傍ら、正しい情報発信を行う医師の方々が増えています。例えば、

 「SNS医療のカタチ」

SNS医療のカタチ

#SNS医療のカタチTV  やさしい医療の世界より引用
https://sns-medical-expo.com

 Twitterで有志の先生方がチームを組み、正しい医療情報を発信していく取り組みです。このような動きが徐々に広がっていき、医療者と患者との距離が近くなれば、デマ医療は少なくなっていき、騙されて命を落とす人はいなくなっていきます。ただ、それには長い時間がかかると思いますし、私たちの意識が変わらない限り、この取り組みは報われません。



 メディアの皆さんへ。
 ここまでの数々の暴言、申し訳ありません。メディアの仕事は大変なものだと思いますし、私が尊敬している仕事の一つです。ただ、貴方のその発言は、誰かの心をえぐってはいませんか。貴方のその文章は、誰かの命を奪ってはいませんか。多人数に一瞬で伝わるメディアの性質上、一度誤った情報を得た人が、後日訂正された情報を得られる保証はありません。今後の仕事の中で、ほんの少しだけ意識していただければ幸いです。
 患者の皆さんへ。
 病気が告知されたときは、ショックを受けたでしょう。悲しみにくれたでしょう。その状態で、正しい判断ができる人はごく僅かです。独りで抱え込まないでください。誰かに相談してください。相談した相手が必ずしも正しい情報を教えてくれるとは限りませんが、多くの人に相談することで、偏った考えになる可能性が減ります。最終判断の前には、病院で主治医に必ず相談してください。貴方が真剣に病と向き合う限り、主治医も真剣に貴方と向き合うはずです。
 患者に近しい皆さんへ。
 親しい人が病気になったという事実を知ったとき、患者と同じくらいショックを受けたでしょう。少しでも患者の力になりたいと考え、アドバイスをしたでしょう。とてもいいことだと思いますが、貴方が誤った情報を与えては元も子もありません。貴方の考えを押し付けてもいけません。患者が貴方に求めた時に、正しい情報を提供できるよう心がけましょう。自分の力が及ばないときは、専門家に頼りましょう。



 すべての人々が正しい医療を受けることができる社会が来ることを、心より願っています。

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