見出し画像

【俳句集】ランダムSF俳句生成記

これらの句は、暇な大学生が科学史と国文学の講義中に作った単語カードを組み合わせてランダム生成した俳句の中から、いかにも意味ありげで文意をこじつけられそうなものをピックアップして文法の体裁を整えたものである。全体的にSFっぽいが、ぜんぜん違うのもある。解説文のようなものを添付しているが、ほぼほぼランダム生成であり技巧はおろか作者の意図すら存在しないので、解釈は自由である。

夏休み姉の忘れた二十五歳
 あの日のお姉ちゃんはなんかおかしかった。
 2年前の夏、あの蒸し暑い田舎の家で、姉は二十五歳を置き去りにするような何かをしたのだ。どれだけ時が流れても姉の心はあの夏に囚われたままで、毎年誕生日を迎えるたびに、Twitterの風船や同級生からのLINEをどこか遠い世界の出来事のようにぼーっと眺めている。


薔薇は咲く終末世界の中之島
 このへんはオフィス街やったらしいで、と彼は呟いた。摩天楼のガラスはどこも粉々に割れて、骨組みの一部だけが風化を免れている。あらゆるビルに蔓植物が巣食い、赤い空に向かっていっている。手を繋ぎ、崩れかけた難波橋から中洲に入ったところで、彼が小さく叫んだ。「薔薇や」人の手が入らなくなった箱庭の薔薇たちは、色も形も混ざり合い溶け合い、淫靡な斑模様を呈していた。握られた手がじわりと汗ばんだ。


粉雪や絶対零度の逆まつげ
異例の豪雪がもたらしたのは、ありとあらゆる公共交通機関の運休と、全ての授業の休講と、睫毛に雪を載せた君だった。あたし逆まつげなの、たまに入って痛いの、とぼやく君を見ながら、それだけ長ければ痛いだろう、とぼんやり考えた。


コルホーズこの楽園が家祖の墓

Big Brother is watching.   2+2は5です。


新緑のラボ我が恋は超燐光

 お前の恋は、相手と反応し合って起こる化学反応じゃない。単体で勝手に光ってる物理現象なんだよ。一人相撲なんだよ。暗室で不気味な緑色に発光して燻ってるお前に、爽やかな5月のラボで笑う彼女が釣り合うわけないだろ。弁えろ。


友情が法に触れけり八重葎

 友情は何にも勝ると思っている。君がいつどこで何をしているのかくらいは知っておきたいし、一緒に居られないときはせめて情報を共有していたい。ので、君のジャケットの襟裏にお守りをつけておいた。ひっつき虫みたいでかわいいね!


焼けついた俺は酷暑の不道徳

 違うんだよ。聞いてくれ。何かを懇願しているらしい目の前の人間の輪郭は、陽炎に歪んでいる。こいつの言葉よりも、汗で首の後ろにシャツが張り付いている不快感のほうがずっと雄弁だった。何も考えられなったとき、ふと手の中のナイフが重みを増した。


サイレンは玉蟲色の事件性

1D6


鞍馬山データ化された朴葉下駄

 亜音速チューブEIZANの最果てに、その山はある。寺門をくぐり、永遠とも思われる坂をエスカレーターで上昇すると、本堂の前に天狗のアバターホログラムが展開された。天狗が下駄を2回打ち鳴らすと、私の脊髄チップに記録されていた違反点数が幻影のように消えた。「3度目までだぞ」天狗は消え、私はいそいそと下山した。


鯨骨は今はもうない無風域
 海底の鯨骨が朽ちるまでどれくらいかかるんだろうか。死んだ者の遺したものが完全に世界の養分になるまでどれくらいかかるんだろうか。彼は、大きな大きな人だったから、体が崩れて消えてしまっても、たくさんの栄養を置いていってくれた。


初恋は山に埋めようあなたごと
 告白!!即撲殺!!これで絶対フラれない、最強の告白法♡実ったか実ってないか確定させないシュレーディンガーの初恋で、あなたも同様に確からしい両想いを作っちゃお♪
(kyunkyun2006年4月号付録 初恋♡パーフェクトBOOK)


菜箸で喉を突いたら死ぬかしら

 台所は彼女に唯一許された居場所で、菜箸は彼女が唯一警戒されずに手にすることができる武器だった。どんな食材にも必ず柔らかいところがあるのよ、そこから調理してくださいと言わんばかりのね。そう教えてくれたのは他でもないあなただったでしょう。耳障りなキッチンタイマーが沸騰の合図をした。


太白や楕円軌道の夢を描く

 この世界は、神様が作った完璧で完全な地図なんかじゃない。努力は必ずしも報われないし、人々は分かり合えないし、金星の軌道は真円じゃない。それでも、私たちは、夢を数値で表して、そこへ向かっていけるのよ。


生きるためジャコウアゲハの脳を食う

 貧しさを味わうと、「食べ物」の判定が甘くなる。今まで景色の一部に見えていたものが、まるで額縁から抜け出したように目の前に現れ、「いけるか?」と脳に問いかける。どうしようもないのだ。食べるしかないのだ。


凍渡ワイもおまいも奴が好き

 い、いやwwwこ、こ、困るんだが、そういうのwwwwwいや僕はリアルの恋愛とか興味ないですし、そういうんじゃ全然ないですけど、田中氏がまさかリア充に憧れているとはwwwwwいやー冬なのに熱いですなwwwwwww
……


押し花の奥にひそめしアコニチン

 奇跡的に米澤穂信の『栞と嘘の季節』っぽくなった一句。「切り札」のカードもあったけど、それは揃わなかった。アコニチンはトリカブトの毒である。


タービンを回せ白夜の降臨節

 聖なる祝祭日、薄暗い極夜の街をイルミネーションの光が彩る。誰もが祝い事に夢中で、この光の動力がどこから来るのかなどお構いなしだ。我々はお湯を沸かしてタービンを回すことから逃れられない。神の子が降りてこようが、先祖が帰ってこようが、この街に光ある限り、誰かがお湯を沸かしてタービンを回している。


血の色を努な忘れそ八月三十一日
 私はそのとき初めて、人間の血の量を知った。血を見たことは何度もあった。慣れているとさえ思っていた。しかし、それが体の中にどれだけ入っているのかを知る機会はなかった。真っ白い棺に花を詰めるとき、私はなるたけ彼女の血と同量の花で棺を満たそうとした。


星辰をずらし免る刑事罰
 十九世紀の啓蒙時代、カトリックの旧弊を弾劾し科学の地位を向上させるために、ガリレオ裁判の逸話は創られた。実際のところ、ガリレオは地動説を放棄し大人しく蟄居したのだ。しかし、事実のほうもまた壮大な話である。小さな惑星の小さな社会の中での立場を守るために、彼は太陽系の星辰を丸ごとずらしたのだ。


人間の条件を知れ螢籠
 悪は陳腐である。


逆位相音を閉ざして窓を見る

 ホームのアナウンス、駆け込み乗車の足音、車掌の怒声、ドアの開閉音、線路の軋み、人の騒めき、私の、頭の中で、洪水が起こる。鞄をまさぐる。ノイズキャンセリングイヤホンを嵌める。世界が中和する。私はようやく目を開けて、穏やかな心で車窓の景色を眺めた。


阿鼻叫喚爆発四散諸行無常

 メチャクチャな四字熟語が揃った。めちゃくちゃなことだけは伝わる。もうおしまい。


級友の爪を収めたドイツ箱

 爪でも血でもなく髪だったのは、単純に君が初めてくれたのが髪だったからだ。くれたというか落としてくれたんだけど、まあほぼ同じことだと思う。箱に固定して名箋もつけたので、学術的な標本として通用するやつになった。随時採集して追加していきたい。次はそろそろ写真がほしいな。友情は何にも勝ると思っている。


春うらら趣味が高じて爆弾魔
 あったかくなってきたし、そろそろいいかなって、出したくなっちゃって、ついやっちゃったんすよね〜〜アハハ!いやお巡りさーん勘弁してくださいよお〜ちょっと〜〜お巡りさんも一発どうですか〜〜ハハハ〜〜
 季語が揺れているが倫理観も揺れている。


落椿いのちに阿る鼻チューブ

 その人が生き物であることを証明するのは、もはやかなり難しくなってきている。送り込まれる酸素によって辛うじて代謝をしている状態を、生きていると呼ぶことには抵抗がある。
 病室から見える公園の椿は、ある朝見たらあっけなく散っていた。


しとど雨なお密談は校舎裏

 あの子には言わんとってな。おしゃべりやから。いや、いい子やで、でほもら、ちょっと話しすぎるとこがあるやろ。それは不都合やんか、私らが今からすることにとって。もうこっちは覚悟決まってるから。うん。……雨、うるさいな。


狼星を南に見放く焼け野原

 戦争が終わったとき、手元に残った資産は焼け焦げた星座早見盤だけだった。血で潤った原っぱに座り、夜空を見上げる。地上の出来事は天上に特に影響を及ぼさないので、シリウスの白い光は平和だったころに見たのと同じ明るさだった。


宵の辻紡錘状回機能せず

 いや誰?夜道で知らんやつに話しかけられるってまあまあ怖いで。いや知らん、どっかで会った?ほんまにわからん。暗いから?暗いから顔わからんのかな。……いや、ほんまに知らん顔やで。何そのイカつい一眼、カッコいいな。こんな夜中に何撮ってるん?ていうかそもそも名乗ってや。えっなんでそこで黙んねん。誰やねん。


病室の夢轟なるフラクタル

 インフルエンザの夜。消毒液の匂いが充満する病室で、やたら苦い薬を飲んだ晩に見たのは、金色のイルカが螺旋状に渦巻きながらピンクの針葉樹林に落ちていく景色だった。あ〜万華鏡みたい〜ヒヒ……ヒ……

この記事が参加している募集

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?