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『ジェダイだってあの体たらく』創作日記④ 誰かに手を差し伸べる

 蒸し暑い日が続いていますね。豪雨が降っても、涼しくはならず。毎年この時期には、釧路に移住したいと思ってしまいます。

 梅雨時の憂鬱な時期に、ますます憂鬱になりそうな私の作品を読んで下さる皆様、本当にありがとうございます。
 書きかけの作品を手直しして、noteに投稿しようと決めた時、「元盗撮犯の話だよね」程度の記憶しかなかったんですね。それでも十分気が滅入る話ですが、「事前に警告しておけば、苦手な方はスルーして下さるだろうし」と考えていたのです。

 ところが、手直しを始めると、不倫の話まで……。「何を思って、こんな憂鬱な話を人様の目に晒すのだ?」と自問したことも、一度や二度ではありません。もう投稿を始めていたので、続けてしまいましたが、その前に気付いていれば、今回の創作大賞への応募自体をあきらめていたと思います。 

 ただ、一つ言い訳をするなら、前回「ホテルの話以外は創作です」と書きはしたものの、人間関係や会話部分が完全な創作というだけで、この物語に出てくる不倫は、どれも本当に起きたことです。私が直接目撃したか、信頼できる知人に聞いたか、または有名な事件から着想を得たものです。
 一部設定は変えていますが、忌まわしさのレベルは似たようなものです。 
 この先も、いくつか不倫話が出てきますが、現実の世界にも、他人に対してそこまで残酷になれる人がいるのです。
 だからといって、それを物語にする必要はないのかもしれませんが、少なくとも「ありもしない忌まわしい話を暇なおばさんがでっち上げている」わけではないです。

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 人の弱さや醜さについて考える時、思い出すのが作家の池波正太郎さんの言葉です。
 「人というのは、良いことをしながら悪いことをし、悪いことをしながら良いことをするものだ」ということを、池波さんは作中で何度も書いていらっしゃいますし、先生の小説はどれも、その考えが底流にあると思います。 

 私にとっては、語り手の菊池も、善と悪が混合した、矛盾に満ちた男です(そんな風に書けているかはわかりませんが)。盗撮した過去を悔いながら、真面目に働き、寺田の過去を断罪することもない。彼女をあわれみ、共感する心を持っています。一方で、スピリチュアルにはまって、子育てを放棄した母親のことはどうしても許せず、具合が悪いと知っても、会いに行こうともしません。
 
 菊池の場合は、「良いことをしながら、悪いことをするものだ」という言葉を彼一人で体現しているわけですが、それとは別に、小説としても、人の醜さを書くと同時に、人の美しさや優しさを書ければいいなと考えています。
 最初のうちは、ダークサイドが目立つ話になってしまいましたが、自分は盗撮犯だと告白した菊池に、直江千佳が手を差し伸べる部分は、人の可能性を示すエピソードとして書いたつもりです(そんな風に感じていただけたでしょうか)。
 菊池は、直江千佳を金ずく女だと考えて、一言、言ってやろうと会いに行くわけですが、その相手から予想外の言葉をかけられる。そのことで、菊池がどう変わるのか……。

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 前回、「ホテルのエピソードは全部、事実に基づいたこと」と書きましたが、それに続き、千佳が菊池に手を差し伸べるエピソードも事実に基づいています。
 私自身が経験したことです。物語の中で、私自身の経験をもとにしたエピソードはこれ一つだけです。

 前に書いたように、派遣で人事の仕事をしていた時、盗撮によって職を失う人たちの存在を知りました。「恵まれた立場なのに、どうしてそんな馬鹿なことを?」と腹立たしく思う一方で、彼らにあわれみを覚えずにはいられませんでした。

 派遣の仕事を辞めてからは、盗撮犯のことなど忘れていたのですが、気分転換に読んだ新書に盗撮犯の話が出てきました。


 この本には、認知の歪みが引き起こす犯罪や、それらの犯罪との向き合い方が書かれています。そうした犯罪は、罰を与えるだけではなくならず、適切な治療やカウンセリングが必要だというのが著者の立場です。
 著者は人道的な立場から、「厳罰よりもカウンセリング」と言っているわけではありません。罰を与えるだけだと、また同じことを繰り返すだけなので、何の解決にもならない――税金その他の社会資本が無駄になるだけだと現実的な話をしているのです。
 
 現場での経験が豊富な学者の方の文章なので、非常に説得力があり、依存症的な犯罪者と向き合われている方々に頭が下がる思いでした。


 この本の印象が心に残っている時期に、旧友のA君から愚痴&相談を受けました。
 A君はその少し前にお父さんの後を継いで社長に就任したのですが、自分の会社の社員が盗撮で逮捕されたのだそうです。「示談で不起訴になったけど、辞めさせなきゃ。どんな風に話せばいいのか、海人は派遣の時に、そういう案件見てない? みんなどうしてた?」という相談でした。

 ご存じの方も多いと思いますが、日本の会社って、簡単には正社員を解雇できないようになっているんですね。有罪判決が出た場合でさえ、犯罪や判決の内容によっては、不当解雇に当たるとされて、賠償金支払いの判決が出ることがあります。
 今調べてみたら、電車内で洋服の上から女性の身体を触って罰金刑になった人が、不当解雇で勝訴しています。盗撮→不起訴だと、間違いなく、不当解雇になるでしょう(犯人が訴えればですが)。
 A君はそのことを知っていたので、「話し合いで、相手に身を引かせるなんてことが僕にできるのかー」と悩んでいたのです。

 それに対して、派遣先では、人事部長と役員が密室で解決していたので、どんな説得をしたのかはわからないと説明した上で、原田教授の新書の話をしました。
 そして、辞めさせるのでなく、カウンセリングを受けさせたり、自助会に通わせたりして、彼を支えてみたら? と助言したのです(小説で直江千佳が話すこととほぼ同内容を話しました)。
 A君は、「そういう見方もあるのか」と私の話を理解して、ちょっと考えてみると言ってくれました。
 

 A君に話はしたものの、私の助言を聞いてくれるとは考えていませんでした。大企業にはそういう取り組みもあるかもしれませんが、小さな会社で、罪を犯した社員を支えるなど夢物語に思えました。
 会長をなさっているお父様や人事部長も、一刻も早く辞めさせろと圧力をかけているようでした。
 だから、A君が連絡してきて、「あれからいろいろネットで調べて、盗撮は、まわりが支えることで再犯を防ぐことができる犯罪だとわかったよ。プレゼン資料作って、会議で説明したら、親父も部長も理解してくれた。ありがとうな、海人!」と言われた時には、逆にすごく驚きました。

 あれから月日が経ちましたが、幸い、その社員は再び罪を犯すこともなく、真面目に働いているようです(もともと、とても真面目で仕事熱心な人だったので、お父様たちの理解も得やすかったのです)。
 でも、もしまた同じことをやったら、A君に合わせる顔がないなとよく思います(盗撮から他の性犯罪に進むことがない点だけは、少し安心できますが)。

 盗撮された女子高生のことも、考えます。同じ女として、彼女ではなく、犯人の方を向いてしまったんだなと、反省もしています。あの時点では、原田教授の意見の影響が強かったので、あんな助言をしましたが、今なら多分、違う選択をするかもしれません。

 いずれにしても、私はただ話をしただけですが、A君は会社を預かる社長として、自分で決断をしました。もし、犯人がまた同じことをしたら、お父様や部長にも責められる。でも、A君は、自分にとって負担になるかもしれないことを理解して、罪を犯した社員に手を差し伸ばす道を選んだのです。

 A君がネットで盗撮について調べ、社員を退職に追い込むのはよそうと決めた直後に、その社員の奥さんが訪ねてきたそうです。夫を許してほしいと頼みたかったようです。
 社員の家族の意見を聞くなどという前例は作れないので、奥さんとは会わなかったのですが、「あの時、退職させると決めていたら、一生、奥さんのことを忘れられなかっただろう」とA君は言っています。
 盗撮という、配偶者にとっては非常に辛い罪を犯した夫を支えると決めた奥さん。奥さんが連れていた幼稚園児の娘さん。
 A君は、社員本人だけでなく、彼の家族にも手を差し伸べたのだと思います。
 菊池と同じ罪を犯した男性が、A君や奥さんの思いやりを胸に、明るい道を歩き続けてほしいと願ってやみません。


元盗撮犯の心の軌跡を書いた小説です。

 
 
 

 


 



 

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