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青空文庫

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青空文庫で読める作品を紹介しています。
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#推薦図書

本が私を育ててくれた 【読書エッセイ】

 母は他人の意見に流されやすい人だったので、子どもの頃、誰かが言っていたという理由で、自分には合わないことをあれこれやらされたものです。いつかひとこと言いたいと思いつつ、言ったことがないのは、「流されてくれて良かった!」と思うことがいくつかあるからです。  その一つが、祖母の家の近所にあった本屋さんのアドバイス。その本屋さんのアドバイスに従って、季節ごとに本を買ってくれたのです。今でもたまに話題になるようなロングセラー本が多かったのですが、どれも夢中で読みました。  母は本を

名刺代わりの谷崎潤一郎10選

 先日、谷崎潤一郎の作品がテーマの読書会をしました。もともと敬愛する作家ですが、皆さんのお話を聞いて、ますます谷崎愛が深まった気がします。  ということで、青空文庫で読める谷崎作品のうち、特にお勧めしたい10作を年代順に選んでみることにしました。   『刺青』   実質的な第一作です。この小説を永井荷風に認められた時の話が随筆『青春物語』にありますが、そりゃ、荷風も認めますよね。ここまで完成度の高い第一作って、そうはないのでは? 足フェチをはじめとする、谷崎文学を語る上で

太宰治『右大臣実朝』 滅びを予感した悲劇の人

 『右大臣実朝』は太宰治の長編小説です。実朝って、地味な人ですよね。ネットの感想を見ても、『鎌倉殿の13人』関連で読んだという方がほとんど。  このドラマを観ていないので、ウィキをちらっと眺めたところ、三谷さんの解釈は、「現代の視点では、もうこれしかないだろう」というものでした。文書には残っていないので、歴史学的に「実朝には同性愛的傾向があった」とは書けないと思いますが、まだ二十代半ばなのに「実朝には後継ぎができない」前提で話が進んでいるわけですから。同性愛ではなくても、女

太宰治『津軽』を読む

 日本の小説と縁が薄かったわりには、太宰治の小説はそれなりに読んできた方です。『人間失格』『斜陽』『富岳百景』など代表作を読んできたのに、『津軽』だけはなぜか読んでいませんでした。太宰が好きな知人が津軽を旅して、太宰の生家である斜陽館に行った話も聞いたのに、縁がありませんでした。  今回、津軽を読んで思うのは、太宰のファンだけでなく、私のように太宰を好きとは言いきれない者でも『津軽』は好きにならずにはいられないということです。太宰の魅力である優しさや繊細さ、ユーモアのセンス

気になる青空文庫 明治篇

 青空文庫の作品、特に印象に残ったものは個別に感想文を書き、それ以外は毎月の読書記録に含めようと考えていたのですが、個別の感想文がなかなか進まない…。半年以上経つのに、二葉亭四迷『浮雲』・樋口一葉の短編・尾崎紅葉『金色夜叉』・国木田独歩『武蔵野』しか書けていません。  このままだと、内容を忘れていく一方なので、特に印象に残った作品をまとめて紹介したいと思います。  谷崎潤一郎と芥川龍之介だけは、私の中で別格の存在なので、また改めて書くつもりですが(いつになることやら)。 泉

2023年5月 読書記録 青空文庫篇 横光、檸檬、軽井沢とサナトリウム

嘉村磯多『途上』『崖の下』  この人は先月読んだ葛西善蔵のお弟子さんです。ウィキによると、葛西と嘉村、それに広津和郎、宇野浩二を奇蹟派と呼ぶそうです(奇跡は雑誌の名前。広津はまだ著作権が切れておらず、宇野は代表作が青空文庫になし)。四人のうち、聞き覚えがあったのは、広津和郎だけ。確か芥川の友達。  奇蹟派の特徴は私小説であるということで、自然主義文学の流れをくむのかな。  ただ、嘉村の師匠、葛西善蔵の作品は、正宗白鳥が評したように、私にも「『暗鬱、孤独、貧乏』の生活記録の繰

今月今夜のこの月を 尾崎紅葉『金色夜叉』 【青空文庫を読む】

 昔、母が祖母を連れて東京に遊びに来ることになった時、途中で熱海に一泊すると言うんですね。  今の熱海は高級旅館やレジャー施設もできて、魅力的な温泉街になっていますが、その頃は何となくうらぶれ感がありました(ウィキによると、熱海市を訪れる観光客が増加に転じたのは、ここ十年ほどのことらしい)。途中で寄るなら、伊豆の方がいいのにと勧めると、母の答えは「おばあちゃんが、寛一お宮の像を見たがってんねん」。  寛一お宮? その時、彼らが『金色夜叉』の登場人物だと知っていたのか、どうか

自己嫌悪とリストラ 二葉亭四迷『浮雲』 【青空文庫を読む】

 学校で習った戦前の文学史、最初に出てくるのは、戯作者・仮名垣魯文の『西洋道中膝栗毛』、坪内逍遥『当世書生気質』、そして二葉亭四迷の『浮雲』という感じでしょうか。  青空文庫には、仮名垣魯文や坪内逍遥の小説はないので、今回は、二葉亭四迷の『浮雲』を取り上げます。  二葉亭四迷といえば、「自己嫌悪に陥って、自分をくたばって仕舞えと罵ったことから、ペンネームを二葉亭四迷にした」というエピソードが有名です。自己嫌悪の叫びをペンネームにするなんて…。『余が半生の懺悔』という随筆を読

魅力的な脇役たち 与謝野晶子訳『源氏物語』 後篇 【青空文庫を読む】

 前回書いたように、現代語訳や翻案を繰り返し読むぐらいに『源氏物語』が好きなのですが、実は、主人公の光源氏をそこまで好きなわけではないんですね。  嫌いではないですが、そんなに思い入れはない。私には、明るすぎ、王道すぎる主人公なので。  光なりに、苦労はしているのですが。母親と早くに死に別れたり、こじらせ気味の恋愛を繰り返したり。手を出してはいけない女性との関係がバレて、須磨に逃げたりもしています。でも、京に復帰した後の源氏は、全てにおいてパーフェクトで、何をやってもうまくい

どの訳を読むか? 与謝野晶子訳『源氏物語』 前篇 【青空文庫を読む】

 これまでも毎月の読書記録に少し書いていたのですが、今回からは「青空文庫を読む」というタイトルで、特に良かった作品や深掘りしたい作品を取り上げていきたいと思います。  青空文庫には主に著作権が消滅した作品(作者の死後50年経ったもの)が収録されていますが、古文で習うような作品を入れても読める人が少ないという判断なのか、ざっと見たところ、江戸期以前の作品は『古事記』ぐらいしか見当たりませんでした。ただし、古典作品を有名な作家が現代語に訳したものがいくつか見つかりました。  以

谷崎潤一郎『細雪』 時代の変化で読み方も変わる 【読書感想文】

 今、谷崎潤一郎の『細雪』を読んでいる。ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』とともに、学生時代に繰り返し読んだ作品だ。あまりに何度も読みすぎたので、その後は手に取ることもなくなっていた。  ところが、先日noteでフォローしている方が谷崎の『吉野葛』を紹介していらしてーーこれも大好きな作品なので、青空文庫で再読してみた。一度谷崎の世界に入ると、とまらなくなり、青空文庫にある作品を次々に拾い読みして、『細雪』にたどり着いた。  『細雪』と『高慢と偏見』はどちらも、気軽に読め

あえて現実と距離を置く 山本周五郎とシューベルト 【読書感想文】

 若い頃は、現実を直視しなければとストイックに考えていましたが、今はほどほどにしています。他人の苦しみに無関心になってはいけないけれど、私が世を憂いて落ち込んでも、それで何かが変わるわけではありません。  時にはあえて現実と距離を取るように心がけています。情報が洪水のように押し寄せる時をやり過ごし、心の準備ができてから現実と向き合っても、遅くはないのでは。  つい先日、そんな風に現実と距離を置いていた時に出会ったのが山本周五郎さんの小説でした。noteでフォローしている方が