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夜  詩5篇

 変換

パンに描いた
チョコピーナッツの
時計は
10:12
いつだって
いつの10:12なのかわからない
ままに
いつも
それを食べる。
地底探検にはカロリーが必要だから
時を熱量に
あるいは
熱量を時に
   2020.9.21


 ただの記録

セックスをした

日記帳に
これ以上書くことがあるだろうか?
スプリングのぎちぎち言う
『1からはじめる柔術入門』が置いてあるベッドで
夜の8時9分から
8時32分にかけて
好きだとか嫌いだとかを忘れて
 ——忘れなかったのは深夜のウイスキーだ
終わったあとに
「あんまり 自分だけの場所にこもらないで」
と言われる

セックスをした 誰と?

ここまで書いてしまったので
これはもう
日記帳ではない
   2020.9.23


 数に関して

「砂浜になんべん行ったことがある?」
訊きかえす——
「砂浜になんべん行ったことがある、だって?」
僕たちはコーヒーショップで
熱い 冷たい飲み物をそれぞれに
抱えて
もっとたくさんのものを
それぞれに
抱えて
「はい、今の答えで、もう、プラス1」
たくさんのものに
足された1を
あらためて考えてみる
(砂浜になんべん行ったことがある?)
月が浜辺に綺麗だ
月に向かう窓はここにないのだけれど
   2020.9.27


 逃亡者

発砲音は
ずどん! ではなく
ぽたん、 に近いらしい
あくまで らしい
僕が眠る市と
きみが眠る市の
あいだの村から
犯人はまだ逃げつづけているらしい
らしい
彼が(おそらく彼女ではないらしい)
僕と
きみの
どちらの街に向かっているのか
すこしぼやけた月をどんな眼球で見ているのか
何も想像できないから
ピストルを捨てた彼の
父親はマリリン・モンローを目視したことがある
らしい
と書いておく
冷たく喉のかわく夜
 である
  らしい
   2020.9.28


 時間の衛星

発熱するときみはいつも寒がる
こんやも僕のベッドで「寒いよ、寒いの」
握らせた手首はひんやりとして
月光の温度
それが熱いのか冷たいのか
わからなくなるほど
相対的に
ひんやりとした
やわらかい手首
月光を思い出せ
僕がはじめて見た月は
満月だったかどうか
その時 きみはすでに生まれていたのか
思い出すことは——発掘することは
永久に叶わず
ベランダから十五夜を眺めた
ほんの十数秒だったけれど
そばにいた
きみと
   2020.10.2


#詩 #文芸 #創作 #夜 #十五夜

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