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ショートショート『 政府民営化 』

わが国、日本が倒産することになった。奇しくも、日本の建国記念日にあたる二月十一日の明日、世界でも長い歴史をほこる日本が、管財国である中国のものになるのだ。

総理社長である私としては、酒でも飲まなければいられない沈鬱な思いになり、もう二度と来れないであろう高級クラブで、何万もするブランディを瓶ごとラッパ飲みしていた。

かたわらには私の番記者だったヨシダも、肩を落としてしみじみとグラスを揺らしている。彼とは、私を担当しはじめた頃から、本音を言いあえる仲になっていた。

クラブの女の子たちは、わめき散らしている私を怖れてか、誰も近づいてこない。

「ところで総理社長。今夜は彼ら、異星人たちが店にいませんね。彼らは、日本を含め、各国の政治家や、経済人からよく接待をうけていましたのに」

私は無言で頷く。今となっては楽しい話題ではない。本当のところは知らないが、彼らが日本の総理に、政府の民営化をすすめたという話もある。それが本当なら、彼らが、かかる事態を招いた張本人ではないか。

私は聞こえないふりをして、ブランディを頭からふりかけると、それが目にしみて涙があふれてきた。

国営だった国鉄や電々公社も、民営になってから業績がのびた。国営はどうしても殿様商売になりがちで、無駄な経費がかかりすぎる。だから政府も民営にしてしまおうという発想で、効率よく税金を徴収し、赤字国債を発行することのない国家予算を立てるはずだった。株は国民が自由に売買できた。

警察も民営になってから犯罪が減った。検挙率の上昇が昇給になることから、手当りしだいに取り締まった結果であった。

日本の民営化成功をみて、各国すべてが政府民営化をすすめはじめた。

それから十数年後。うまくいっていた日本の民営化にも弊害がでてきはじめた。風俗、娯楽の規制が厳しくなり、ストレスの発散ができずに一般民衆のやる気を奪ってしまった。

税金も、国営だった頃とは段違いに厳しく徴収され、国民が不満を訴える声は、日本中から聞こえてくるようになっていた。
毎年の決算は赤字になった。A国はすでに破産状態であり、その頃安定した経済力を誇っていた中国に、国民は株のほとんどを売り渡し、結局は債務不履行におちいった。

ほかの債権国であるヨ―ロッパ諸国も、天文学的な負債にはお手上げ状態だった。

とにかく、由緒ただしきこの日本が独立国ではなくなるのだ。江戸幕府に幕をおろした慶喜将軍の辛さどころではない。なにしろ、私は日本という国を、破産させた最高責任者なのだから。

「総理社長。もともと日本は遣唐使を送り、中国の文化を学んできたのです。ここはひとつ、一から学びなおす機会だと考えてみるしかないですね」

私は酔いすぎていて、ヨシダの話も上の空だった。そのうち目の前に古代の装束姿をした人々や、ちょんまげをした武士たち。お札でおなじみの人物までが現れはじめた。たぶん祖国を愛する歴史上の亡霊たちが、私に文句を言うために、黄泉の国からやってきたのだろう。

(そのとおりだ。祖国を破産させるなど、日本建国以来ない恥辱なり。どう償うつもりか? この愚か者めが!)

私の心のなかに、激しく憤った口調で何者かが語りかけてくる。たぶん、政治家だろう。だがしかし、私だけの責任か? 私だけが悪いのか? 徳川慶喜のときのように、たまたま時代のめぐりあわせにすぎないではないか。いや、しかし、ここはすべて私の責任として、恥辱をこの身ひとつにかぶるほうが潔い。私は日本古来の神仏に、心からわびた。

そのとき、私の秘書官であるモリヤが、息をきらせながらやってきた。

「総理社長、世界各国のすべてが破産しました。すべての契約が無効になったのです」

思えば、日本は世界各国に多額の融資をしていた。日本が破産すれば、各国もおなじ運命になることは目にみえて明らかだった。

「しかし、総理社長、喜んでばかりもいられません。私はたまたまテレビをみていて知ったのですが、衛星放送での緊急会見によりますと、異星人たちが、地球株のすべてを買い取ったそうです」

「なに、彼らは地球株を買ってどうするつもりなんだ?」

「はあ、その会見によりますと、彼らが各国の総合総理大臣となり、政治をおこなうようです。つまり、彼らは地球国の総理大臣。日本は地球国の日本県になるわけです」

ああ、忘れていた。異星人たちと交流がはじまった、三十年前から、彼らが各国の株を買いあさっていたことを。

           (fin)

トップ画像は「そらみみ」さんです。
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星谷光洋 CREATION『天使の詩』


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