見出し画像

松下幸之助と『経営の技法』#266

11/7 くり返して言う

~大切なことは何度でもくり返して言う。あわせて文章にもしておく。~

 どんなにいいことを言っても、口に出した言葉はすぐに消えてしまう。聞いたほうもすぐに忘れてしまう。よほど印象深く聞いた言葉なら、そうすぐには忘れもしないだろうが、普通は2、3日もすればほとんど忘れてしまうことが多いのではなかろうか。ところが、言ったほうの人は、相手は覚えているのが当然だと考えがちである。したがって、覚えていないことがわかった場合、けしからん、ということにもなりかねない。けしからんといえば、確かにけしからんことではあるけれども、しかし、人間の記憶力などは一面頼りないものである。しっかり覚えていなければならないとは考えても、すぐに忘れてしまいかねない。そこで、どうすればよいか、ということである。
 1つは、くり返し話すことである。大切なこと、相手に覚えてもらいたいことは、何度も何度もくり返して言う。2度でも3度でも、5へんでも10ぺんでも言う。そうすれば、いやでも頭に入る。覚えることになる。それとあわせて、文字を綴って文章にしておくということも大切だと思う。文章にしておけば、それを読みなさいと言えば事足りる。読んでもらえば、くり返し訴えるのと同じことになる。

(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 たしかに、アメリカ系の会社の社内弁護士時代、アメリカ人との会議で決まったことや、アメリカ人の上司からの指示は、口頭で済まされ、うっかり聞き逃したり忘れたりすると、大変なことになりました。その分、緊張感もありました。聞き逃したり忘れたりしないようにメモを取るのは当然ですが、さらに、意味を理解できないときには、その場ですぐに質問し、意味を明確にしなければなりません。後で聞いても、なぜあの時に聞かなかったのか、と逆に質問されてしまうからです。
 誤解されないように言っておくと、だからと言って意地悪なのではなく、会議中や、指示を受けている最中の質問は大歓迎で、丁寧に質問に答えてくれますし、その場で質問しなかった理由を問われた際に、キチンとその理由(少し作業してみたら疑問が出てきた、等)を説明できれば、ちゃんと作業が進んでることを知って安心するのか、追加の質問についても丁寧に答えてくれます(もちろん、どこの国にも意地悪な人がいて、意地悪なアメリカ人もいましたが)。
 したがって、上司がその指示を徹底させる方法として、松下幸之助氏の説くように、上司の側が繰り返し話をする、文章にする、という方法の他に、指示を受ける側の緊張感や意識を高め、口頭での指示でもそれが徹底されるような社内ルールや企業文化を作り上げ、運用させる、という方法もあります。
 この意味で、松下幸之助氏の説く方法が全てではないのですが、そうすると、このように繰り返し話しをし、文章にする、という方法が好ましい場面が問題になります。
 両者を比較した場合、上司の指示が詳細で、指示を受けた側が直ちにこれに取り組み、すぐにでも結論を出すべき場合等には、口頭の指示(指示を受ける側の緊張感や意識の高さが重要となる方法)の方が、スピードを確保するなどの点で、メリットがより大きそうです。
 他方、上司からの指示は大きな方向性を示すだけで、その方向性を具体化する方法は指示を受けた側に任されている場合のように、指示を受けた側の裁量や工夫の余地が大きい場合などには、急いですぐに結論が出る問題ではなく、指示の内容を繰り返し咀嚼し、方向性を確認しながら考察を深めていく必要があります。この場合には、記憶内容が時間の経過を受けやすいこともあり、繰り返し話しをする、文章にする、という方法の方が、メリットが大きいでしょう。これは、指示を受けた側の作業を促したり、進捗状況を確認したりする、という意味でも、任せた側と任された側のコミュニケーションに役立つのです。
 このように、上司が部下に対して指示する、等の場面で、松下幸之助氏の説く方法(繰り返し話し、文章にする方法)は、それが唯一絶対の方法ではなく、他の方法と比較して選択すべき1つの方法であること、したがって、どのような点に注目して選択すべきかが重要であること、を意識しましょう。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、ここで特に注目すべき経営者として重要な資質は、組織をコントロールする能力でしょう。
 すなわち、これまでの検討のとおり、指示したじゃないか、何で言うことを守れないのだ、と部下に対する不満ばかり言い、部下をコントロールしきれず、それを他人のせいにするような人物ではなく、部下を上手に使いこなせる人物の方が、投資家として、会社を任せたいと感じることは明らかです。
 もちろん、経営者には威厳も必要でしょうが、威厳も、会社組織を掌握し、コントロールするためのツールの1つでしかありません。会社組織を掌握し、コントロールするためには、しつこいと言われようが、繰り返し同じ話をし、進捗状況を常に確認し、コミュニケーションをこちら側から取りに行くことも必要です。つまらない面子や威厳のために、本来の目的である会社組織の掌握やコントロールがうまくいかないようでは、本末転倒です。
 このように、繰り返し話しをし、文章にする、という方法も使いこなせる人物の方が、口頭での一回限りの指示という選択肢しかない人物よりも、経営者にとって好ましい資質を備えていると評価されるのです。

3.おわりに
 上記分析の中で、方向性は上司が与えるが、具体的な内容は部下に任せるような事態を具体例として指摘しました。このような事態は、例えば、経営者の個人的な力量が重視されるような、ワンマンやベンチャーの中には、従業員は経営者や上司の指示を忠実に執行することだけが要求され、余計な判断はするな、と言われる場合があります。このような経営モデルは、経営者のキャパシティーを超えた活動ができない、という限界はありますが、組織の一体性と、それによる突破力が高くなる、というメリットがあり、これ自体が悪いというものではありません。ここで特に指摘したいのは、このような経営モデルの場合には、権限移譲が想定されないため、口頭での指示であっても構わない、指示を受ける側の緊張感と意識が特に重視される、という方法だけでも十分成り立つ、ということです。
 他方、これに対比される極端な経営モデルは、松下幸之助氏が繰り返し強調しますが、従業員の自主性を尊重し、どんどん権限移譲するタイプの経営モデルです。この経営モデルでは、部下自身に具体的な内容を検討・判断させる場面が多くなりますので、繰り返し話し、文章化する、という方法の方が有効な場面も多くなります。
 このように、口頭での一回限りの指示ではなく、繰り返し話し、文章化する、という指示の方法が好ましいという松下幸之助氏の言葉は、松下幸之助氏が作り上げてきた経営モデルとも、関係が深いように思われます。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

労務トラブル表面



この記事が参加している募集

コンテンツ会議

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?