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経営組織論と『経営の技法』#53

CHAPTER 2.3.1:事前の調整としての標準化・アウトプットの標準化
 最後に、アウトプットの標準化について説明しましょう。アウトプットの標準化は、分業の成果を標準化することで、分業における調整を行おうとする考え方です。たとえば、設計図どおりの部品を作るようなケースがアウトプットの標準化ということができるでしょう。いわゆるスペックを標準化すると言い換えることができるかもしれません。
 アウトプットの標準化には、このようにスペックを標準化するだけでなく、もう1つの方法があります。それは、目標や評価の基準を標準化する方法です。たとえば「月末までにこの商品を100個売ってください」というようなものです。厳密にいえば、もしこのような目標が毎回状況によってあるいは個人によって異なっている場合には、目標が標準化されているとはいえません。しかしながら、個数という基準や目標が定まるプロセスは標準化されているのが普通です。ですから、このような場合には目標は標準化されていないが、評価基準は標準化されているということができます。
 このような目標や評価基準は、同様の仕事を並行で行う並行分業のときに、競争を促進するという効果もあります。目標そのものか評価基準が共通化されているからこそ、同じ立場にいる人々あるいは組織は競争が促され、それによって生産性が向上することが期待できるのです。
 アウトプットの標準化のもう1つのメリットは、目標や完成物といった成果を標準化することで不確実性に対処できることです。ある目的地へ行くときに、確かに最短のルートというものは存在します。ですから、そのルートを標準化(たとえば、最初の信号を右に曲がって、2つ先の角を左に曲がって100メートルくらいのところ、といったように)することで、多くの人を目的地へ連れていくことはできます。しかし、途中で工事していたり、通行止めになっていたりしたら、標準化されていた人々は目的地へたどり着くことがとたんにできなくなってしまいます。
 このような不確実性がある場合には、この住所のところへ行くというようなアウトプットを標準化したほうが柔軟に対応できるために効果的です。
【出展:『初めての経営学 経営組織論』39~40頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018.2.1)】

 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村・久保利・芦原/中央経済社 2019.2.1)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 リスク管理という観点から見た場合、前回のスループットの標準化(手順のマニュアル化など)に比較した場合、アウトプットの標準化(結果の統一など)の方が、プロセスに裁量が与えられるので、従業員にとって主体性や自主性、責任感がより強く求められ、さらにそれだけの能力や柔軟性も必要となります。
 これは、逆にいうと、従業員を信頼し、裁量権を与えていることになりますので、実際に業務品質を一定に揃えるためには、任される従業員の品質や能力が揃っていなければなりません。
 さらに、結果さえ出せば良い、という開き直りにつながりかねず、不適切な方法で目標数値だけ達成するような事態が、リスクとして高くなるため、そのようなことが生じないようにするための社員教育やコンプライアンス体制構築、人事考課制度の適切な運用、など、従業員をコントロールする手法がそれだけ複雑になっていきます。
 その分、主体性や責任感が尊重される結果、従業員の成長が期待される面が、マニュアルによるコントロール(スループットの標準化)よりも強くなります。各従業員の創意工夫が、会社自身の財産となって、将来の成長に活用できる場合には、スループットの標準化よりもアウトプットの標準化の方が適している、と評価できるでしょう。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 投資家と経営者の関係で見た場合、特に欧米の大企業では、経営者が結果をコミットしますので、このアプトプットの標準化(最低、同業他社と同じレベルの配当はするように、など)がされることになると言えます。
 つまり、「所有と経営の分離」が構造的に制度化されている状況で、投資家が株主をコントロールするツールは限られていますが、このアウトプットの標準化は、経営者をコントロールするツールになりうるのです。
 さらに、経営者に対して、会社の事業活動の中で、コンプライアンス違反は決してしないように、という「コンプライアンス違反を発生させない」という結果についてコミットさせることがありますが、これも、そのプロセスは問題にせず、結果だけで評価することになりますので、会社のコンプライアンス体制強化に対する経営者の取組みの必死さの度合いは、結果でコミットさせられる外資系の会社の経営者の方が格段に大きくなります。
 他社との比較や標準化が必ずしも伴わないので、厳密にはアウトプットの「標準化」に限られないのですが、経営者に対し、結果にコミットさせる方法は、投資家が経営者をコントロールするための極めて有力なツールなのです。

3.おわりに
 考えてみれば、会社の業績も、「お金」という標準化された基準で評価されます。それは、会社の業績であったり、株価であったり、納税額であったりしますが、資本主義経済の下で、市場が機能するということは、お金という標準化された基準が、さまざまな場面で適用されることを意味します。
 この意味では、社会に貢献する商品やサービスは、市場が高く評価してくれるので、それを提供した会社が「儲ける」ことこそ、社会に役立ったことの証明になります。
 このことは、全体主義に覆われていた戦前の日本でも、既にその段階から松下幸之助が繰り返し主張してきたことです。儲けることは、社会に貢献した証なのです。
 未だに、人の成功を羨み、儲けている会社や個人を非難し、肩身の狭い思いをさせている論調がありますが、それでは経済は成長しません。人の成功やチャレンジの足を引っ張る人やマスコミには、「お金」という標準化された評価基準の、社会的な意味も理解してもらいたいものです。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


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