松下幸之助と『経営の技法』#193

8/26 覚醒させる役割

~経営規模が大きくなるにつれて、健全さを覚醒させる役割が重要になる。~

 事業を経営する上において、会社が小さい間は、製造と販売に重要度をおいてゆくのは当然であるが、経営規模が大きくなるにつれて、製造、販売の面ももちろん大切ではあるが、それ以上に人事と経理が重要になってくる。経理部がしっかりしていると、経理を通じて経理部自身の内部も批判されるし、製造も販売も、これによって覚醒されるわけである。それは収益の内容を見てもいろいろの場合があって、同じ利益をあげるにしても、こういう利益のあげ方は、この会社としては適当ではないとか、あるいは利益のあげ方が当然その3倍ぐらいはあげられるはずであるのに、それが半分しかあがっていない。ところが担当者は相当の利益があがっているから、これでよいと考えてしまう。それで大いに得々としている場合もある。
 これは見方によっては欠損しているのと同じである。1億円利益をあげられるところを5000万円しか儲けていないから5000万円損をしているということになる。それを覚醒させる役割をもつところがなくてはならない。これを経理部が実際の数字の上からいう、あるいは重役会がいう、ということが起こらなければ、健全な経営は行われないものである。ここに事業発展の1つの基礎があると考えている。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 現在であれば、様々な財務指標が分析研究されており、部門ごとの業績を測定することも、それを経営に日常的に活用することも、かなり広まってきました。ですから、部門業績や事業の効率などについて、経理部にデータを作らせる、という意味では、特に目新しい指摘ではありません。
 けれども、ここで注目するのは、健全な経営のために経理部と人事部が重要、としている点です。人事部については、具体的な説明が全くないので、分析する手掛かりが足りませんので、ここでは経理部の機能について検討します。
 松下幸之助氏は、事業部門の実績評価に関し、売上高だけで見るのではなく、(おそらく)そのためにかけた費用や人件費などを考慮して、投下したリソースに対する割合などで見る、そのために経理部門に数字を出してもらう、ということを説明しているように思われます。
 これには、経理の専門家として、経理的な観点からのコンサルティングやアドバイザリー機能を果たしてもらう、という見方が可能です。もっと儲けることができるはずだ、というアドバイスが期待されるのです。
 もう一つは、チェック機能を果たしてもらおう、という見方です。チェック機能というと、コンプライアンス部、リスク管理部、内部監査部、品質管理部、審査部などの専門部門が行うもの、専門部門がある以上、他部門は本業に徹するのが効率的で正しい、と考える人が多くいます。
 けれども、例えば営業部門に対する事務部門は、営業部門が獲得してきた仕事に対し、新たな取引相手や業務内容が適切かどうかについて、(ある程度)チェックを行い、牽制します。また、経理部門は経費精算などの機会に、出費が適切かどうかのチェックを行い、牽制します。もちろん、出費に関して言えば、決算にも関わりますから、監査や公認会計士、税理士などにチェックされるでしょう。けれども、決算まで待たずに、目の前で発生している問題をそのまま見逃して良いはずがありません。健全な財務活動が行われるための日常的なチェックの役割を、経理部も果たすべきなのです。
 この観点から見た場合、本来であれば1億円の利益をあげられるのに5000万円の利益にとどまっている業務について、経理部門によるチェックが働くことにより、緩んだ規律を引き締めることが可能になるのです。
 このように、経理部による分析は、アドバイザリー機能として見ることも、チェック機能として見ることも可能ですが、特に後者のチェック機能として見ることは、リスク管理に関するリスクセンサー機能にも通じる重要な機能です。
 すなわち、会社を人体に例えた場合、体全体に張り巡らされた神経網が、ちょっとした「痛い」「熱い」などの情報も漏らさず、例え1つ1つの情報は簡単な情報にとどまっても、それを几帳面に報告しているからこそ、人体は重大な危険を未然に回避できるのです。もちろん、目や耳のように、特殊な情報を専門に収集する専門の器官(機関)がありますが、それだけではリスクを感じる、というリスクセンサー機能として不十分なのです。
 この観点から見た場合、例えば毎月仕入れる原材料の品質や納入業者の信用状況に違和感を覚えれば、仕入れ担当者から直ちに報告が上がらなければ、大きな事故につながりかねません。それと同様に、経理部門として容易に気づくリスクは、「末端神経」と同様の役割として、自ら感じてこれを積極的に報告すべきなのです。
 つまり、仕入れ担当者が素材の品質や取引相手の信頼性に関する違和感を報告するように、経理部も事業部門の実績や働きぶりに関する違和感を報告することで、会社のリスク対応力が高まるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者に求められる資質の1つとして、会社の健全性を確保すること、特にリスク対応力を高めることが必要であり、従業員全員に対し、積極的に会社に関わろいうという意識を高めてもらうことも必要です。役割を与え、権限を委譲していけば、経営者は何もしなくて良いというのではなく、現場従業員が会社の健全な運営のために積極的に関与するような働きかけや施策を常に意識しなければならないのです。
 すなわち、会社組織全体でリスク対応するような会社を作り上げれるような人物を、経営者として選任すべきなのです。

3.おわりに
 ところで、人事部門はどのように会社経営の健全化に関わるのでしょうか。もちろん、人員の配置を工夫することで、各チームの人間関係を最適化していき、各チームを活発にし、生産性を高めることが考えられますが、これはむしろ、リスクコントロール機能に位置付けられるでしょう。
 むしろ、ここで経理部門に関して検討したようなリスクセンサー機能として見た場合には、人事部に集まってくる情報の中から、特に人事上のリスクに関する情報を感じ取り、現場の業務を健全にするためのフィードバックを行うことが考えられます。例えば、残業時間が急速に増えている様子や、上司に対する不満が多く聞こえる様子、休職取得者の増加や、人事考課の変動の様子など、人の管理に関する個別のエピソードから統計的な傾向まで、幅広い情報が集まっているはずです。
 したがって、例えば会社のリスク状況を把握するために、様々な指標となるべき統計データを役員会に提出させ、説明させる、等の活用方法も考えられるところです。
 さて、松下幸之助氏は、人事部をどのように活用したのでしょうか。

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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