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労働判例を読む#430

【アムールほか事件】(東京地判R4.5.25労判1269.5)

※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 本事案は、エステサロンを経営するY1の代表者Y2が、エステの体験記事を作成してインターネットにアップしたり、Y1のウェブの運用管理を行ったりすることを、月額15万円以上の報酬で委託されたXに対し、約束の報酬を支払わず、またかなり露骨なセクハラやパワハラを行ったと、Xが主張する事案です。Xは、未払報酬と損害賠償の支払いを求めましたが、裁判所は概ねXの請求を認めました。

1.業務委託契約の成否
 本事案では、業務委託契約書が起案され、XとYの間で検討されましたが、調印されていませんでした。また、仕事の内容や条件が、少しずつ変化しています。
 しかし裁判所は、業務委託契約は成立していたと評価しました。これは、XY間のやりとりの様子を見ると理解できます。
 すなわちY2は、当初、月額15万円以上の報酬で仕事を委託することで合意し、契約書の内容も合意に達していましたが、契約書の調印が終わっていない段階で、今の仕事の内容ではお金を払えない、これもしろ、あれもしろ、というように要求内容を変えていきました。
 裁判所は、当初の合意で契約が成立していた、その後の業務もこの合意の範囲内の業務であること、専属となる条件は合意されておらず、SEO対策(検索エンジンの上位に出てくるようにする対策)も具体的な合意がなく、(仮にあったとしても)その効果は直ちに現れない(したがって、履行不能とは言えない)こと、など当初の合意によって契約が成立し、Xはその約束を果たしていたとして、報酬の支払いを命じました。
 こんな仕事じゃ、契約書にサインしない、したがって報酬も払わない、という一方的な合意内容の変更は、法的にも違法であることが明示されたのです。

2.ハラスメントの成否
 ハラスメントに至っては、さらに悪質です。エステの施術を実体験し、レポートするのだから、(上記1と関連しますが)契約書にサインするためだから、等という理由で服を脱がせ、体中を触りまくり、卑猥な要求を繰り返しました。その結果、Xは精神的にも障害が発症してしまいました。
 一般に、死亡事案でない事案の精神的慰謝料について、100万円を超えることはなかなかないように思いますが、裁判所は140万円の慰謝料の支払いを命じました。社会人経験が薄く、業務開拓に苦労していたXの弱みに付け込んだY2の目に余る卑劣さと、追い込まれてしまったXの苦痛を考慮し、異例の判断をした、と評価できます。

3.実務上のポイント
 ハラスメントに関し、裁判所は2つの法律構成、いずれも成立することを示しました。すなわち、不法行為責任(交通事故のように、赤の他人同士ですら発生する責任)と、安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任(契約関係にあるからこそお互いの安全に配慮すべき義務への違反による責任)の両方の成立を認めたのです。
 細かいポイントを2つだけ指摘しましょう。
 1つ目は、Xの労働者性です。労契法5条に、労働者に対する安全配慮義務が明示されていますし、XがYの指示の下で仕事をしていたことが指摘されていますから、この事案でXはYとの関係で労働者であると認定されたようにも見えます。
 しかし、継続的な契約関係にあり、相互の信頼関係が重要な状況では、例えば契約上は労働者ではなく独立した事業者であっても、職場を提供する側が事業者の安全を配慮すべき場合はありますので、労働者と認定することと安全配慮義務が発生することは、論理的に必然の関係にありません。むしろ、労契法5条が引用されていないことから、Xが労働者であることの判断は敢えて回避している、と評価すべきでしょう。
 2つ目は、安全配慮義務ではなく、職場環境配慮義務が問題になるのではないか、という問題意識です。ハラスメントでは職場環境配慮義務が問題にされた裁判例が多いことから、本事案でも職場環境配慮義務を問題にすべきだったという議論の余地があるのです。
 けれども、義務の「名称」に大きな意味はありません。問題は義務の内容です。
 そして、Xに対して単に不快な思いをさせた、仕事の効率が下がった、というような環境問題だけでなく、実際に精神障害を発症させ、健康被害を生じさせてしまったのですから、そのような被害を回避すべき義務が重要となる事案です。
 このように、事案の特徴からYの義務内容が検討されるべきであり、「名称」は重要な問題でないうえに、実際に内容としても、本事案は「環境」にとどまらず「安全」こそが重要な要素となる事案です。「職場環境」配慮義務か、「安全」配慮義務か、という名称の問題にいたずらにこだわることの方が問題でしょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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