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松下幸之助と『経営の技法』#226

9/28 経営に魂が入る

~経営理念を明確にもつと経営に魂が入る。困難にも支えとなり、力強い経営ができる。~

 私なりに考えた使命というものについて、従業員に発表し、以来、それを会社の経営基本方針として事業を営んできたのである。それはまだ戦前の昭和7年のことであったけれども、そのように1つの経営理念というものを明確にもった結果、私自身、それ以前に比べて非常に信念的に強固なものができてきた。そして従業員に対しても、また得意先に対しても、言うべきことを言い、なすべきことをなすという力強い経営ができるようになった。また、従業員も私の発表を聞いて非常に感激し、いわば使命感に燃えて仕事に取り組むという姿が生まれてきた。一言にしていえば、経営に魂がはいったといってもいいような状態になったわけである。そして、それからは、我ながら驚くほど事業は急速に発展したのである。
 不幸にして、その後戦争が始まり、そして敗戦となって、戦後の混乱の中で会社経営は著しく困難に陥ったけれども、そうした困難の中で支えになったのは、その生産人としての使命であり、何のためにこの経営を行っていくのかという会社の経営理念であったと思う。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

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1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 昨日(9/27の#225)は、経営理念導入のきっかけの話でした。
 また、9/22の#220と8/8の#175で、経営理念を導入する理由を検討しました(私の分析も含まれます)。
 すなわち、①松下幸之助氏は、従業員にどんどん権限移譲する経営モデルを一貫して採用してきたこと、②だからと言って、自由放任なのではなく、かえって組織の一体性を高めることが重要となり、求心力を高める必要があること、③「規則」は、その意味で従業員も納得して従う状況になれば、求心力の1つとなること(以上、8/8の#175)、④会社、経営者、管理監督者が、「しっかりした経営理念、使命観をもつ」ことになること、⑤それにより、部下指導に一貫性が出て、人が育つこと、⑥それが従業員に浸透すれば、経営に生かされること、⑦つまり、経営に一貫性が出てきて「ブレない」状態になり、組織的な一体性が強くなるのであって、君たちには自由にやってもらうが、この理念を共に実現するために仲間として協力し合うのだ、という組織と個人の関係を決める「ものさし」を作ったと評価できること(以上、9/22の#220)、という点です。
 そして、今日の話は、この経営理念が実際に効果を発揮した場面を紹介しています。
 すなわち、⑧経営者にとってのメリットとして、「従業員に対しても、また得意先に対しても、言うべきことを言い、なすべきことをなすという力強い経営ができるようになった」こと、⑨従業員への影響として、「従業員も私の発表を聞いて非常に感激し、いわば使命感に燃えて仕事に取り組むという姿が生まれてきた」こと、⑩この⑧⑨によって、「一言にしていえば、経営に魂がはいったといってもいいような状態になった」こと、⑪これによって、事業が急速に発展したこと、⑫戦後の混乱期の困難な時期で支えになったこと、という点です。
 たしかに、例えば外資系の会社では「ポリシー」という言葉が多く使われますが、外資系の会社の人と話をしている時に、「それは、当社のポリシーに反するのでできない」「それは、当社のポリシーに合うように、このようにして欲しい」等と言われることがあります。
 これが諸手を上げて素晴らしいと言うつもりはなく、実際、それは自分たちの価値観や、自分たちで勝手に決めた目標であって、我々に関係ないし、押しつけるのは止めて欲しい、と感じることもあります。
 しかしこれを、従業員を使う経営者の側から見た場合、ポリシーを徹底することによって、従業員が安易に会社の目標や理念を曲げずに行動してくれるので、組織の一体性が崩されることなく、ベクトルを合わせることができる、というメリットが実感される場面です。特に、日本では担当者同士の交渉の場で、かなり安易に「本音ベース」の話を始めてしまい、ハラハラしてしまうことがあります。こんなに簡単に「本音ベース」をさらけ出してしまうと、まるで通信販売の「今ならこの金額」という販売手法と同じように、最初に示す条件はただの飾り物のように見えてしまうからです。
 これに対して、「当社のポリシーだから」と最初に会社の方針を明確に打ち出し、自分は簡単にポリシーに反する取引を決定できない、と交渉をすると、このような安易な譲歩は許さない、という姿勢を示すことができます。そうすれば、譲歩するにしても当社側の苦労を相手により明確に伝えることが可能になります。
 また、早い段階から「本音ベース」の交渉をできた方が、話がまとまるのが早いようにも見えますが、必ずしもそうではありません。「本音ベース」の土俵に乗っかってしまうことで、相手が当方の譲歩を期待してしまい、後から「やっぱり無理です」「そこまでは勘弁してください」という対案が通りにくくなってしまい、今度は相手の社内調整が必要になってしまう、ということがよくあるからです。
 これに対して、先に「当社のポリシーだから」と打ち出しておくと、当方の一部譲歩でも相手は受け入れやすくなります。相手の土俵に乗っておらず、したがって相手も当方の譲歩に対する期待が小さくなり、相手の社内調整の負担も小さくなるからです。
 松下幸之助氏の言葉のうち、「得意先に対しても、言うべきことを言い、なすべきことをなす」という言葉は、具体的にイメージすると、このようなやり取りがイメージできるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者を選ぶ際に参考にすべき経営者としての資質を、松下幸之助氏の言葉から読み取りましょう。
 最大の資質は、松下幸之助氏が、①会社発展の基礎を作り、実際に発展させた経験を有することと、②その基礎を生かして、経営の危機を乗り越えた経験を有すること、でしょう。このような経験を有する人材を、経営者として選べれば、株主としても安心して経営を任せることができます。
 けれども、多くの場合、ここまで完成された人材を見つけ出すことは不可能ですから、考えられる次善の策は、①②のようなことをこれから作り出せるであろう人材を探すことです。
 その際のポイントは、会社経営の表面的な技術だけでなく、会社発展や危機克服のために役立つような基礎体力を鍛えることのできる指導力でしょう。会社経営は、市場での競争であり、会社を人体に例えれば、協議に参加しているようなものです。そこでは、協議に応じた技術も必要ですが、特にスポーツの場合に共通して必要なのは、基礎体力です。基礎体力があるからこそ、必要な技術も磨かれるのです。そのような基礎体力の涵養を怠らず、嫌がらず、従業員たちに浸透させていく指導力が、ポイントになるのです。

3.おわりに
 本題から外れますが、このような成功者は、自分の「成功体験」に縛られてしまい、かえって経営の足を引っ張る場合があります。
 この点、松下幸之助氏は、どんどん権限移譲し、従業員に経営を任せていく、という経営モデルを取っているため、このようなデメリットを減殺できたように思われます。この点は、別のところで何度も触れていることですが、松下幸之助氏が、ここでの発言のように自信を持って自分の「成功体験」を語れるのは、「成功体験」によって縛られて、間違った判断をしない、という自信があってのことだと思います。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

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