労働判例を読む#61

【ケー・アイ・エスほか事件】東京高裁平28.11.30判決(労判1189.148)
(2019.4.25初掲載)

この事案は、職場で、総重量200Kg以上のコンテナを傾けて、その内容物を所定の場所に入れる作業を1日に1回程度していた従業員が、腰痛を理由に休職したところ、会社は休職満了までに復職しなかったことを理由に、従業員を退職扱いにしました。
1審判決は、この一連の作業の中には、コンテナを中腰で持ち上げる作業があり、それによって腰を痛めた、という事実認定(概要)を前提に、退職扱いは労働基準法19条1項に違反するとして、労働契約が継続していることの確認と、会社の損害賠償の請求を認めました。
これに対し、2審判決は、従業員の腰痛は会社の業務が原因ではないとし、1審の判断を覆しました。

1.労働基準法19条1項
業務による傷病での休職期間中の「解雇」は、同条項により禁止されます。
労働判例で、この裁判例の前に紹介されている裁判例(労働判例を読む#60「エターナルキャストほか事件」労判1189.129)は、同じく傷病休職満了による「退職」について、労働基準法19条1項を「適用」したのではなく「類推適用」しました。
ここでの1審判決も、厳密に言えば「類推適用」すべきだったところでしょう。
けれども、特に重要な論点ではありませんので、詳細は上記裁判例のコメントをご覧ください。

2.1審と2審の違い
同じ事案で、判断が真逆となりましたが、そのポイントを検討しておきましょう。
1つ目は、この従業員の学生時代からの病歴です。
2審では詳細に認定され、小学生時代から相当重い腰痛を抱えていたことが認定されていますが、1審では、会社側の主張にもこのことは触れられていません。1審でも証拠として出ていたのかもしれませんが、少なくとも小学生時代からの持病である旨の主張は、明確な主張と認識されていませんでした。
2つ目は、上記作業の態様です。
1審では、中腰で作業する様子の写真もあることなどから、腰に相当の負担がかかっていた、と認定しています。
他方、2審では、コンテナをぶつけて傾け作業していた(その認定のために、コンテナがぶつかっている部分の写真などを引用)こと、この職場で当該従業員以上に頻繁に上記作業を行う従業員がいるのに、腰痛になっている人はいないこと、などから、腰への負担は大きくない、と認定しています。
2審では、会社側が、特にこの2点の主張立証に力を入れた様子がうかがわれます。
3つ目は、ストーリーです。
2審では、少年時代からの腰痛が悪化したのであって、会社業務とは関係が無い、というストーリーが判決からも明確に伝わってきます。ストーリーと言うと、何か作為的な偽装などの悪いイメージを抱く人がいるかもしれませんが、決してそういう意味ではなく、実際の出来事が、誤解なく正しく裁判官と共有されるためには、具体的で、まるで映画やドラマを見るかのように生き生きとしたストーリーが必要である、ということです。
そこには、登場人物の心理状態や、周囲の人たちの言動の合理性など、一つのドラマとして腑に落ちる流れが無ければなりません。
例えば、細かい点では、当該従業員が腰痛について数多くの病院で診察を受けていますが、このことは、①慎重な性格だから、という位置付けも、②自分に有利な診断書を書いてくれそうな医師を探していたから、という位置付けも、両方可能です。
このうち、会社側としては、②のように評価してもらう必要があり、そのために、当該従業員の前後の言動の変遷などの証明と、具体的なストーリー化が重要となるのです。

3.おわりに
1審では、会社側は従業員側の設定したストーリーの上で、その矛盾や問題点を指摘する、という対応がメインだったようです。
他方、2審では、会社側から積極的にストーリーを示す方針に転換したようです。
立証責任が原告にあるのだから、原告のストーリーを否定すればそれで勝てるはず、という理論的には正しいが、実際にはそうでないことを言う弁護士もいますが、実際には、ここで示されたように、原告と被告のどちらのストーリーの方に説得力があるのか、という観点から裁判所の判断が決まる場面が多いように思われます。
「今、何が論点なんだろう」という視点ではなく、「当方の主張にはリアルで説得力あるストーリーがあるのだろうか」「そのストーリーは相手に伝わるほどリアルに主張されているのだろうか」という視点が、重要です。

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