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5人の私と海の街/ショートストーリー

5人の私と海の街


「久しぶりに金縛りにあった。なんでかな」


拓哉は映画を見ながらため息をつく。
六畳の部屋には壁一面を覆い尽くす本棚とパソコン、テレビ、ソファがあった。
本や映画のDVDが床に散らばっている部屋は埃のにおいがした。
亜紀は、この部屋で一番新しいソファで眠っている。

拓哉「…さむ」
亜紀「そう?」
拓哉「あ、おきたの?」
亜紀「起きてた」
亜紀起き上がる。
亜紀「…今日は、どこにいこうかな」
拓哉「今までなにしてたの?」
亜紀「なにもしてない」
拓哉「そう」
亜紀「詩で頭がいっぱいだったから…」
拓哉「今は?違うの?」


海沿いにある温泉街。
亜紀は、海を眺めている。風が吹く。

陽司が亜紀を見つめている。
亜紀「…私が5人いたらどうする?」
陽司「…」

2人で海沿いを歩いている。
陽司「ぼくは、ずっとこの街で暮らしているんだ。ほら、あそこ」
指を指す陽司。
小高い丘に体育館のような建物が見える。
見つめる亜紀。

陽司「ぼくは、あそこで、寝泊まりをしたよ。中学、高校時代。だいたい、30人ぐらいが一緒の部屋で寝泊まりするんだ」
亜紀「あなたが、選んだの?」
陽司「そうだよ。ぼくには居場所がなかったんだ」
亜紀「そう」

波の音だけが世界の全てのような時間が過ぎていく。

亜紀「ねえ」
陽司「ん?」
亜紀「お願いがあるんだけど」
陽司「なに?」
亜紀「私を一度抱きしめてくれない?」
陽司「いいけど…どうしたの?」
亜紀「確かめてみたくて」
陽司「?」
亜紀「なにを感じるのか」
陽司「なにを感じるのか?」
亜紀「そう。もう何年も人と抱き合ったことがないの」
陽司「…」
抱き合う2人。

風が吹く。
5人の亜紀が海沿いを歩いている。
空を飛ぶ雀。

亜紀「そこにいたんだ。私のかわいいこ」
手をかざす亜紀。


夜。
海が見える古民家。
薄暗い灯り。
布団の中に陽司。
目を開けると亜紀が陽司に寄り添って寝ている。
陽司「どうしたの?」
亜紀「…私が、顔も身体もみんな同じ私達がいる。どうしたらいい?」
陽司「…大丈夫だよ」
亜紀「ほんとうに?」
陽司「…ああ」
亜紀「あなたは5人の私を愛せるの?」
陽司「…」
亜紀「みんな同じなのに…」
陽司は亜紀の頭を撫でる。


走る陽司。
海の街を丘から見下ろしている。
亜紀が後ろから歩いてくる。
陽司「…君は、だれ?」
亜紀「ひとりぼっちで、一度死んだ人間の気持ちがわかる?」
陽司の瞳。
5人の亜紀。

海沿いの街と海の音。


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