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短編_タンポポ作戦 1/2

【あらすじ】
宇宙船シルバーシップは予定通りタンポポ作戦を遂行するはずだった。だが予想外の出来事が乗組員たちを襲う。作戦は中止になるのか、ハルカとリクの真の目的は何なのか ― 謎が謎を呼ぶSF小説の前編。
(文字数:約2800字。文庫本で6ページ程度、10分程で読み終わります)

 宇宙船の逆噴射が終わると、画面には正常を知らせる緑色の枠線が点灯した。船内の酸素濃度やエネルギー状況は何一つ問題なかった。隣の画面には宇宙船の位置を示す地図が座標の数値とともに映し出されていた。ヨシオは遠くの星々を目視でも確認してから、後ろを振り向いて言った。
「船長、目標の座標に到着しました。予定時刻通りです。宇宙船は完全に停止しています」
 船長は一度だけ頷き、そのまま作業を続けるよう手で合図した。
「ではこれより、タンポポ作戦の準備に入ります。乗組員はそれぞれ準備を進めてください」
 数名の乗組員が席を立った。ある人は身体をほぐそうと伸びをし、またある人は目を擦りながら、それぞれの持ち場に向かった。

「おい、仕事の時間だ」
 ヨシオは隣で居眠りをしているカナを小突いた。
「痛った。なに?」
「座標に着いた。早く乗客にアナウンスを」
「そんなに急がなくってもいいじゃない」
「宇宙船が止まっているんだ。乗客を不安にさせてはいけないだろう」
 カナはため息をついた。
「ほんとクソ真面目ね。あなた、今乗客の間で何が流行っているか知ってる? 避難場所だった中央ホールがパーティールームに改装されたのが一ヶ月前、ちょうど今頃は綺麗に盛装した乗客たちが踊り狂っているところでしょうね。アナウンスなんて誰も聞くはずがない。だいたい何をアナウンスすればいいのか……」
「この紙の通りに読めばいい」
 ヨシオは自作の原稿を渡した。
「……ヨシオって、女の子にもてないでしょう?」
「そんなことはどうでもいい」
「それに、どうせまた画面を見続けていたんでしょう? 宇宙船はオートドライブモードだから見ても変わらないって何度も言ってるのに。そんなに張り切っているのはあなただけよ。ほら見て、シオリとコノミはああやってずっと喋っているし、カイトは暇過ぎて漫画を読んでる。あなたのクソ真面目に付き合わされてる船長も可哀想ね。パーティールームへの改装を裏で進めていたのは実は船長だって噂、あなたの耳には入っていないでしょう? まあ、この原稿はありがたく頂くけど」
 カナはマイクのカフを上げてアナウンスを始めた。
「『ご搭乗の皆様、こんにちは。こちらは宇宙船シルバーシップです。目標の座標に到着したことをお知らせ致します。これより、タンポポ作戦を開始します。ご搭乗の皆様は万が一に備えて自室にお戻りください。もし自室から遠く離れている場合は、近くの簡易脱出機の側で待機してください。作戦は1時間弱で終了致します』……ってなにこれ? 大袈裟すぎるよ。脱出機なんて今まで一度も使ったことないのに」
「マニュアル通りだ。問題ない」
「そう。結構なことね」

 その時、船内には聞き慣れない警報音が響いた。緑色だった画面の枠線は黄色に変わり、中央ではビックリマークが点滅を繰り返していた。そしてその下に〈脱出を確認しました〉と文字が表示されていた。
「どういうこと? 」
「わからない。シオリ、レーダーには何が映っている?」
「レーダー? どの画面ですか?」
 シオリとコノミは立ち上がってあたふたと目を泳がせた。
「一番右側にある青色の画面だ」
「ありました! なんか赤い丸が点滅して動いてます」
「ではその赤い丸にカメラを向けてスクリーンに映し出して欲しい」
「やってます。えっと、拡大したい時は……」
「左下のプラスを押すんだ」
「ああこれ。できました! スクリーンに投影します」
 正面のスクリーンに映し出されたのは乗組員専用の脱出機だった。
「ちょっと待って。乗客じゃないってこと?」
「脱出機に表記されているシリアルナンバーにカメラを合わせてくれるか? きっと誰だかわかるはずだ」
「わかりました」
 映し出された番号を見て乗組員たちは言葉を失った。それはリクの乗った脱出機だった。

 この時、ヨシオの判断は素早かった。
「船長、リクを失った今タンポポ作戦は中止すべきだと考えます。すべての作業がオート化されているとはいえ、彼の科学的知見なしでは想定外のことが起こった場合に対応できません」
  船長は答えなかった。
「私たちってこれからどうなるの?」
 とシオリとコノミは話し始めた。
「リクさんがいなくなったら、予定されている作戦はほとんどできなくなっちゃうんじゃないかな」
「じゃあ早めに宇宙ステーションに帰れるかもね」
「しっ、もう少し静かな声で喋って」
「ねえハルカはどこなの? ハルカ!」
 とカナが叫んだ。
「ここにいます」
 全員の視線が入り口の方に向けられた。ハルカは落ち着いた足取りで船長の下へと歩いていった。
「船長、作戦を続行してください」
「どういう状況かわかってるの? あなたのフィアンセのおかげで私たちは今混乱している。ヨシオの言う通り、リクくんなしで作戦を行うのは危険よ」
「わかっています。ですから、新しい彼を紹介します」
 入り口に現れたのは紛れもなくリクだった。乗組員たちが動揺する中、ヨシオだけは事態を正確に把握していた。

「成功したのか?」
「はい。リクが残していった、リクのクローンです」
 乗組員たちから拍手が沸き起こった。ハルカは冷静に話を続けた。
「さきほどヨシオさんが仰っていた懸念はこれで解消されます。リクはこのクローンに自らの科学的知見をすべて移植しました。これからはこのクローンがリクの代役を務めることでしょう」
「たしかにその通りだろう。長年の研究がこれでようやく実を結んだわけだ。彼の貢献は大きい。人類はまた一歩前進することができた」
「でも、ハルカさんは寂しくないんですか? いくら瓜二つのクローンだとしても、元々のリクさんはどこかへ行ってしまったじゃないですか」
 とコノミが口を挟んだ。
「正直寂しいです。今はとても大きな喪失感がある。でもゆっくり時間をかけて、この彼のことを愛していくつもりです。それに……」
 と言ってハルカはお腹をさすった。
「リクは私に大切な置き土産を残していきました。子どもがいるんです」
「なんだって!?」
 船内には衝撃が走った。カナは呆れかえり、ヨシオは毅然と批判を述べた。
「リクくんが考えていることはよくわからない。どうしてタンポポたちを一から作り上げた人間が、それに逆行するようなことをするの? しまいには脱出なんて馬鹿な真似をして」
「旧型が新型に劣ることはもう何年も前に結論が出ている。クローンを完成させたことは評価したいが、あまりにも理屈に合わない。こんな始末ではきっと脱出も単なる思いつきに過ぎなかったのだろう。彼のことを高く買っていたのに、残念だよ」
 だがハルカは冷静な姿勢を崩さなかった。ヨシオとカナはハルカの態度を意外に思った。彼らは自分たちの発言がハルカの反感を買うものだとばかり予想していた。ハルカの表情には何かを抑圧している様子が見て取れた。だがそれは決して、乗組員たちに対するものではなかった。
「作戦を続行してください」
 ハルカはもう一度船長に述べた。船長はこの日はじめて声を発した。
「作戦を続ける」

(続く)

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