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短編_2L入りの宇宙 3/4

 駅前のベックスコーヒーに戻ると、龍はコーヒーを飲みながら窓の外を見ていた。その視線はまたしても改札口の売店に注がれていた。
「なあ、お互いに一つだけ真剣な話をしない?」
 と龍は言った。
「なんだよ急に」
「実は、ずっとあの売店の子が気になってるんだ。ほらあの手前側のレジに立っている子だよ」
「知ってるよ、そんなこと」
「え! なんで?」
「あのなあ、お前がずっと売店の方を見ているのなんてバレバレだぞ」
「じゃあ話が早いな。お前がタバコを吸いに行ってる間に、俺は決めたんだ。今から話しかけに行こうと思ってる」
「今から?」
「ああ。問題は何を買うかなんだ。飲み物なんて無難過ぎるだろ? なんにも話が広がらない」
「まあたしかに、目も合わないかもしれない」
「きっとな。どうしても一言二言は話す必要がある。新聞はどう思う?」
「新聞? お前新聞なんて読んだことないだろ?」
「もちろん。でも知らないからこそいろいろ聞けるし、俺みたいなやつが買えば逆にあの子の頭に残るかもしれない」
 夏生は龍のこういうところが好きだった。ただの思い付きに見えても、行動は常に具体的で、しかもその裏には必ず龍なりの理屈や根拠があった。
「それで、夏生の話は?」
「俺も話すの? 龍の方が一通り終わってからでいいじゃんか」
 龍は首を横に振った。夏生は仕方ない素振りを見せながら、宇宙人の話を龍に話した。本当は龍が真剣な話と言った時から、言おうと決めていたのだった。
「いいよな、お前のそういう話。俺は好きだよ」
「どこが? いいとこなんてどこもないけど」
「いや、なんて言えばいいのかな。とにかくお前らしいんだよ。昔からふとした時に夏生はそういうことを言うんだ。よく覚えてる」
「でもさ、俺らが知ってることなんて、いや生きていることなんて、例えば宇宙全体が2Lのペットボトルだとしたら、キャップ一杯分もないんだよ。そんなの最悪じゃないか」
 龍はたっぷりと時間をかけて考えた。そしてふと首を傾げると笑顔を作って言った。
「どっちかと言うと、最高だと思うけどな」
「はあ?」
「だってキャップ一杯分でもこんなに楽しいのに、あとほとんど2Lも知らないことが待ってるんだろ。それって最高じゃんか」
 夏生はため息とついた。
「お前ってやつはほんと……」
「そう、やっぱり俺は知りたいと思うな。あの子のことも、世の中のことも。……よし!」
 龍は立ち上がった。そして「見てろよ」というふうに夏生を指差して、店を出て行った。夏生は窓から龍の様子を伺った。龍は真っ直ぐ売店に向かい、筒状に積み上がった新聞を一部取ってレジに置いた。そしてお金を取り出し、何か言った。すると女の子は真剣な表情で答えた。何度か言葉を交わしたのち、龍は最後に身振りを交えて何かを伝え、女の子を笑わせた。
 夏生はふと時計を見上げた。そろそろ出なければならない時間だった。龍の荷物も手に持って席を立ち、咲さんの姿を探した。
「咲さん、また!」
 咲さんは「いってらっしゃい!」と言ってグットサインを作った片手を上げた。

(続きはまた明日!)

#創作大賞2023

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