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短編_2L入りの宇宙 4/4

 噴水のある駅前の広場には既に松永さんの姿があった。松永さんはイベントの会場設営の責任者で、二人をこのバイトに誘ってくれた人でもあった。
「二人とも、悪いがまず一仕事頼まれてくれないか」
 松永さんはにやにやと笑いながら、手に持ったビニール袋から2L入りの水を取り出した。夏生と龍は思わず声をそろえて言った。
「おお、2L!」
「そんなに珍しくないだろ。これで向こうのキラキラを流してきてほしいんだ」
「キラキラ?」
「行けばわかる。ほら、あそこの鳩がたかっているところだよ」
 薄々感づいた夏生は松永さんに嫌そうな視線を送った。だが松永さんはさらに大きく口を開いてにやにやと笑うだけだった。案の定、鳩がたかっていたのは誰かが吐いた吐しゃ物だった。
「おいまじかよ。人使い荒いぜ」
 だがそう言いながら、龍はどこか楽しそうだった。その気持ちは夏生も同じだった。
「せっかくあの子と話せたってのに、これじゃ後味悪すぎる」
「こんなクソみてーなこと、とっとと終わらせよう」
「糞とどっちが嫌だろうな。やっぱ糞か」
「黙っとけ」
「あーあ。なんか鳩にもムカついてきた」
 夏生はペットボトルを開けて水を流し、龍は鳩を蹴飛ばして追い払った。辺りが大体片付くと、水の残量は3分の1ほどになっていた。夏生はペットボトルを目の高さに掲げた。水は明るい陽を浴びてキラキラと輝いていた。するとぼやけて見える向こうの景色に、影のようなものが動いていた。夏生はペットボトルを下げた。それは向こう側に映り込もうとおどけていた龍だった。夏生は子どものように笑った。そしてペットボトルを開け直し、残った水を一気に飲み干した。
「働くか」
「新太郎に会ったら言ってやろうぜ。俺らはお前に会うためにゲロの処理もしたんだって」
「だな」
 二人は荷物から作業用のゴム手袋を取り出し、手にはめながら松永さんの下に戻った。

(了)

#創作大賞2023

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