立田 順一
45歳・教員の「越境学習」 ~日本財団での1年間~(18)
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45歳・教員の「越境学習」 ~日本財団での1年間~(18)

立田 順一

カンボジアの教育事情(3)

 午後に訪問した別の中学校では、放課後に3人の若手教師から話を聞くことができた。いずれも男性である。
 やはり、中堅やベテランの教師は副業のために不在であること、学校には教材や教具がほとんど揃っていないことなど、抱えている課題は午前中の学校と同様だった。

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 ヒアリングの後は、彼らが共同生活をしている家が学校の近くにあるということで、そこに案内をしてもらうことになった。3人が住んでいる家は、木造にトタン屋根の高床式住居だった。

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 2部屋のうちの一つは寝室である。
 木製のベッドの上に蚊帳用の薄布を吊るし、特に布団は使わずに眠るそうだ。1年を通して日中の最高気温が30度を超えるカンボジアでは、これで十分らしい。

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 周囲には飲食店などがないため、彼らは交代で自炊をしていた。鍋や皿、調味料の瓶などが雑然と並んでいる様子は、松本零士の自伝的なマンガである『男おいどん』で描かれた昭和の下宿を彷彿とさせた。

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 ガサゴソと音がする方を見てみると、もう一つの部屋の隅ではアヒルが餌をついばんでいた。全部で4羽いる。
 アヒルの肉は、この国では一般的な食材になっている。ただ、彼らはこのアヒルを自分たちで食べるわけではなく、大きく育ったら市場で売って、生活費の足しにするのだということだった。

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 一応、浴室兼トイレ用の小部屋もあった。
 ただし、電気やガスがなく、井戸の水も貴重なため、浴室といっても雨水を貯めて体を洗うだけのものだった。

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 ベッドの側には教科書や辞書などが積まれていた。
 都市部にある中学校の教師は、それぞれの専門教科を教えるだけでいいらしいのだが、山間地の小規模の学校では、教師の数が少ないことに加え、副業に行ってしまう者の穴埋めもしなければならないため、1人で3〜4教科を教えているそうだ。
 過酷な環境ではあるが、少しでもわかりやすい授業をするために、寝る前にはお互いに相談をしながら教材研究に取り組んでいるということだった。(つづく)



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