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雨なんて、最高だよ。

どうもこんばんは 。今日も書きます、メイです。

23時をまわりました。これかを書いている間に、時計の針は着々と明日へと向かっていることでしょう。 

私が見張らなくったって、まるで子どもか大人かの狭間で揺れる思春期の子どもたちのように、勝手に、そして難無く、意外にもスマートに、行動をしていることでしょう。

… おっとどうした? 本題がずれました。

何故だか風が強いです。ん、あれだけ天気良かったのにな?? 明日雨だっけ??

なんて思いながら天気予報を見て、明日への確認行動をしている。我ながら、明日の準備というものをしようとしていたのだなと思う瞬間です。

晴れが好き。はっきとした青空に白い雲、私達を照らす太陽、"快晴"の3大要素。

最高だ、生きてるって思う。夜になっても外が明るい。退勤時間になっても外が明るい。まだ応援してくれるの?って、何でもないのにそれだけでちょっと嬉しい。

雨が好きだ。 いやそれは3年前くらいまで。

今でも好きだけど、好きの度合いは異常だった。

異常かどうかの基準なんて知らないが、周りに好きを伝えるテンションは紛れもなく 通常 では無かったのだろう、「え どうしたの?!」と驚かれる具合だった。もちろん自覚もしている、心がウキウキしナチュラルに広角が上がり始めるのだから。

雨に打たれたかった。小雨なんかじゃ物足りない。大雨だ。

もちろんあえて打たれるなんて行為は変人扱いだろう。常識、常識… 社会人なので、常識に反する行動はやめておこう。まあ抑えなくてもやっている。

「落ち着くまで待ってようかなー」 

誰かが言った。

そうだ。良い判断だ。多少はこの後落ち着くだろう、無理に出ることなんかない。

何故だろう。悲しくもなる。なぜ、みんな雨を嫌う、なぜ、濡れたくないのだろう。

いや、書くことでより明確だ。みんな濡れたくないのだ。傘はそのためにあるんじゃないか。

程よい強さで、おかしな頭を打ち付けてくれる雨の勢いが大好きだ。

モヤモヤと浮かぶ私の脳内、いやな感情を雨が全部きれいに流してくれた。 何も聞かずに私を戒め、私は何も言わずにただ打たれ、心を入れ替える。

ありがとう。皆が嫌いでも私は大好きだ。私だけは大好きでいる。 こんな変な感覚を、密かに誇りとして思う自分は、まさに頭がおかしかったのだろう。

そんな時期を経て、雨に打たれる。

傘を出す。あまり濡れないように歩く速度を少しだけ速める。

忘れたわけじゃない。感じている。感じずにはいられない。

私 変わったんだ。

興奮まで覚えていた大雨がいまここにある。

私はいまボーナスステージに奇跡的に巡り合い、乗り込んでいる。

ねえなんで、どうしたの? 心よ、どうした?

もっと喜んで。ワクワクはどうした。私、打たれてるよ。

普通になったのだ。これが 普通 なのか。

落ちぶれたな。いや、おめでとう。

なりたかった自分はなんだったのだろう。これはずっと目指してきた自分なのだ、努力が報われた。ああ、私頑張ったね。自分でプランした設計に則り、自分の心を整えたよ。  

私の心も単純だ、こんなに自然に馴染まなくてもいいじゃないか。もっと、暴れていいんだよ。

大好きな雨、好きな雨、普通の雨。

…このまま行って良いのだろうか。わからない。

いや、このまま行きたくないんだ本当は。

私は雨を裏切れない。

私を支えてくれた雨。

本当は傘なんて好きじゃない。 

なんならフードだ。私はいつだってあの雨粒の重さを、強さを、体感しながら打たれていたい。

これからもよろしくね。

私はあなたを信じてる。


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