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【小説】あかねいろー第2部ー 36)不祥事−2−

 14時からの練習の予定のところ、その20分前に、高田から緊急のLINEが来て、今日の練習がなくなり、全員が理科室に集まるようにと伝えられる。突然のことに、部室にいた僕らや、すでにグラウンドで練習の準備をしていた下級生がざわつく。一太と小道の姿が見えないことも憶測を呼ぶ。

 理科室は80名が入るのには少し小さい。椅子が20脚ほど足りないので、隣の教室から借りてくる。ほとんどのメンバーはすでに練習用のジャージに着替えていて、テストがどうとか、夏のバイトはどうするとか、誰の彼女がどうとか、軽いムードの話をしながらも、ほんの少し紛れ込んでいる不穏な空気を感じないではいられなかった。
「なんだろ、これ」
2年生の誰かが小声で話す。
「普通のミーティングじゃないの、夏に向けて」
「でも、単に方針話すだけなら、今まで通りLINEでいいじゃん。入れない教室に、わざわざ全員集めたなんて、初めてじゃね」
「なんかあるよね、なんか」
あちこちでの小さな詮索が、全体として大きなざわつきになる。
 
 そのざわつきは、14時3分に、一太と小道が、勝てると思った相手に負けた試合後のような顔で入ってくると、さっと引いていく。
 理科室の教台の前に一太が立ち、小道は黒板の左端のあたりに立つ。
「清隆、仁田。最近、富岡と百合川はどうしてる?」
一太の突然の指名に、二人は少しびくつく。
「富岡と百合川っすか? テスト期間中は特にかかわりないっす。テスト前も、あんまり部活来てなかったです」
仁田が答える。
「クラスが同じなのは誰だ?」
「小深が同じっす」
一太が、そしてみんなが小深を見る。
「えっと・・あいつらは、正直、あんまり授業というか学校きていないです。テストは全部受けていましたけど、”完全に0点”みたいに豪語していて、結構周りのみんなとチャカチャカしていましたけど・・・」
「けど、なんだよ、けど」
言葉を濁す小深に一太突っ込む。
「なんか、昨日から、登校停止になっているっていう噂が」
登校停止という言葉が理科室中のあちこちで口にされ、ちょっとしたこだまのようになる。
「あいつらがなんかしたんすか」
仁田が不安そうに聞いてくる。一太が空気を吸い込むと、理科室がしんとなる。

 一太が、学年主任の先生から言われたことを概ね復唱する。その間中、理科室には、蛇口から漏れた水滴の音しか聞こえてこなかった。
一太が話し終えても、しばらく誰も言葉を発しなかった。全員の胸に「だって」や「しかし」が渦巻いていた。それと同時に、一太や小道の立場を慮る心も。寄せる波と引く波が凌ぎ合い、しばしの凪を作り出す。けれど、その静寂は長くない。
「それって、あいつらの問題じゃないんですか。どうして、あいつらのことで、ラグビー部が全員活動停止にならなきゃならいんすか」
当事者に近い2年生の仁田が、彼らの気持ちの突破口となる。
「絶対納得できないっす。俺らで掛け合いに行きますよ。先生だからって、理不尽なことしていいわけじゃないと思う、なあ清隆」
仁田は今にも立ち上がりそうになる。2年生は彼の気持ちに近いように見えた。
 その気勢を一太の一声が切り裂く。
「あいつらもラグビー部だ。ラグビー部の部員が起こした問題は、全員の問題だ」
腹を決めた一太のその一言に、教室が再度しんとする。
 僕らは高校生としては、ものの道理はよくわかる方だ。どうして、ラグビー部が部としての責任を取らなければならないのかなんて、よくわかっている。理屈としてはよくわかっている。だけど、最後の予選の前だ。定期戦の前だ。最後の夏の前だ。僕らのラグビーを止めることはできない、してはならない。そんな時期に・・・
「先輩。だったら、俺ら2年だけで責任取らせてください。2年だけ謹慎します。部活動停止にしてください。俺らだけ。その間、なんでもやりますから」
「今、やめるわけ行かないっすよ、練習。絶対。絶対ダメっすよ」
仁田が止まらない。でも、彼の独走に、2年生30人強がしっかりとみんなついてくる。サポートに走っている。
「お願いします!」
あちこちで、誰彼がその声を上げる。
 でも、もう一度一太が声を大きくする。
「だから」
先ほどよりも2段強い語調に、三度教室は静まり返る。
「ごめん。仁田。ありがとうな。嬉しいよ」
一太が少し鼻をすする。
「でもな、これは、俺と小道と、3年生も含めた、ラグビー部全員の問題なんだよ。誰かじゃないんだよ。みんなの問題なんだよ。みんなの問題であることから、逃げちゃダメなんだよ。わかるだろ」
「誰かのせいにするのは簡単なんだ。誰かのせいにして、その責任を取らされる。それじゃダメなんだ」
「ラグビー部はさ、80人全員で花園目指してるんだよ。誰一人だって、無関係なヤツはいない。だから」
一太はもう一度間をおく。
「だから、みんなで、今後どうしたらいいか、何が悪かったのか、そして、どう責任取るのか、考えよう。これをしないで、俺らは前に進むべきではないと思う。俺と小道、それと吉岡先生で決めてきた」
そこまでいうと、一太は小道の方を見る。
「考えたいのは3つだ。何が問題だったのか、考えよう。次に、今後、その問題に対してどうするのか、だ。最後に、部としての責任の取り方」
小道は黒板に3つのテーマを箇条書きにする。
「80人で考えるのは非効率だと思うし、1年とかは意見も出しにくいと思うけど、これは、全員が公開の場で考えることが意味があると思っている。隠れたところではなくて、みんなで話をしたんだという事実が。だから、あえて、1年にもこの場で一緒に考えてもらうから」
まだ、よく事態が飲み込めていない1年生も覚悟を決める。

 一太が話を進め、小道が黒板にメモをとっていった。話は初めから白熱した。
 まずは、富岡と百合川の日頃の様子について、2年生があれこれ報告した。学校の授業には3割も出ていなくて、でも部活には7、8割はきていた。学校の授業をサボってゲームセンターなどにいっていることは、みんなが知っていた。それも、週に2、3回くらいの頻度で。そういうことをする生徒はそこそこいる学校だけれども、明らかに頻度は高かった。
 ラグビー部の中では仲が良かったメンバーもそれなりにいて、部活にいる限りは、他のメンバーと変わらない様子に見えた。ただ、練習に休む日は目立つし、連絡もなかったりするので、中心メンバーという立ち位置ではなかった。プレーヤーとしても、体格的な特徴や、強い速いなどの特徴もあまりなくて、なかなかレギュラーを目指せるような立ち位置でもなくて、どうしても3年生との距離は遠かった。2年生とは一緒に帰るし、1年生に対しても、普通の接し方だったけれど、とにかく、それ以上それ以下でもなかった。どこか、「ちょっと問題児」的な印象があって、積極的に関わっていくような雰囲気ではなかったのは間違いなかった。
「でも、それが問題なんですか?みんなで仲良しこよししなきゃいけない、ってこともないと思うんですけど」
というのは2年生の本音だし、3年生から見ても、ある程度そういうメンバーがいてもしょうがないように思えた。でも、そこには、それを当たり前と思うところに、ある種の誤りがあるんだということは、なかなか俎上に上がらなかった。

「ラグビー部だから、ラグビーのことだけ気にしていればいいんだというのは、高校のラグビー部として、正しくないんじゃないか」
笠原からこの言葉が出たのは、結構してからだった。
「ラグビーだけやっていればいいんじゃ、それじゃ、どこかのラグビーバカ部と同じだろ。俺らは、同じラグビー部にいる限り、ラグビー以外にも、ある程度関心持って、関わっていくべきなんじゃないかな。ラグビー部だから、ラグビーだけの関わり、じゃないだろ。ここにいる奴ら、もしかしたら、一生、30年後にも友達かもしれないんだぜ。そんな仲間が、まずいことしていたら、それは、まずいぜ、やめろよ、というべきだろ。俺は、吉田に言ってるぜ、いっつも。授業サボって部室で寝てるから、蹴っ飛ばしたりするぜ」
「確かに。お前は、俺の小姑か、と思うよ、全く」
僕の言葉に笠原は首をすくめる。
「とにかくさ、ラグビーの試合で、ラグビーの練習で、おかしいことしていたら、おかしいっていうじゃん。普段の生活でも同じだろ。変なことしていたら、それが同じ船に乗った仲間なら、”やめろよ!”というべきだよ。俺はそう思うし、2年が、同学年の仲間にさえそう思えていないんなら、それは問題だと思う」
笠原の言葉は2年生の、1年生の中にずんずんと染み渡り、広がっていく。そして、3年生自身も、本当にそんな気持ちになれているか、心に問いかける。
「2年、どうだ」
一太が聞く。勢いの良かった仁田もしゅんとなる。
”ラグビー以外のことへの無関心が問題”
小道が黒板へ書き、その上に丸をつける。
「いいな、まずは問題はここに設定して話を進めよう」
一太の言葉に80人が頷く。

 それに対して、どんなことができるのかというのは、俄然と意見が飛び交った。1年生からもあれこれと意見が出るようになってきた。
 いくつかに要約すれば、
”部内で、テストの点数の一覧を作る(低いやつは、練習参加不可)”
”授業に出れなかった奴には、ノートを回すようにする”(これは、授業参加に対して逆進的に見えるけれども、授業に出れなかったとしても内容を確認できるようにすることや、そうやって気にかけることで、授業を逆にサボりにくくなるだろう、という意見が多かった。これには、僕はぐうの音も出なかった)
”吉岡先生に、各学年の主任先生などから、ラグビー部員の素行や気になることなどを定期的にヒアリングしてもらう”
”部内のグループラインでの話題に、学校生活のことを積極的に盛り込む(今は、基本的にはラグビーやトレーニングについてのことだけど、授業だとか、テストだとか、行事だとかのことも普通に話そう)”
などなど、くだらないなというものも含めると、20個以上が出てきた。ただ、「生徒の素行を管理する」というタイプのものはやめておこうということになった。管理するのではなくて、「コミュニケーションを増やす」「お互いの関心を増やす」方向のものを中心に選んでいった。
 結果的には、
「何か1つ2つを選ぶのではなくて、ここに上がったことを、みんながやっていこう」
ということになった。

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