見出し画像

【小説】あかねいろー第2部ー 59)PGなど選択外

  10時を過ぎた秋の空は眩しいくらいに真っ青だ。その真ん中に向かって大沢南の10番がドロップキックを蹴り上げる。
 22m付近で大野がキャッチをし、真っ直ぐに当たっていきポイントを作る。そのポイントから小道は大きく後ろに蹴り込む。(僕の言葉とは真逆だけれど)11番がキャッチすると、彼も躊躇せずに大きく蹴り返してくる。今度はそのボールを新田が取ると、彼は右にいる笠原に目配せをして、左前に走り出す。相手のチェイスは3人。ゆっくりと幅を広げて、ゲインはさせてもブレイクはさせないと言う布陣で待ち構える。新田はそこに対して、思いっきり左にスワーブをきり、スピードにものを言わせ3人の一番左端を振り切ろうとする。しかし、相手もしっかりと追いかけていき、ちょうどハーフウエー付近で新田を捕まえる。新田の予測できないランについていたのは笠原だけで、僕らのFWは明らかにサポートが遅れている。そこを、笠原がなんとか踏ん張ってボールを確保する。
 ようやくやってきたFWがガッチリと左右を固めると、岡野が持ち出したボールに浅岡が猛然とラックサイドをつく。120キロの巨漢が一人、二人と弾き飛ばしていき、スピードの落ちたところに、今度は星野がフォローをする。オフロードでボールを受けると、持ち前の大きなストライドで加速していく。体をくねらせながら、ステップだかなんだかわからない動きが特徴で、意外と捕まらない。
 22mを超えたところで星野が捕まりラックになる。ここで相手は、横というか、斜め後ろからラックに覆い被さってボールの出所を潰してくる。これは、完全にペナルティで、ボールも死んでいてすぐにレフリーが笛を吹く。
 残り5分。点差は2点。ポストに対して左45度付近。距離は30m程度。小道のキック力からすれば、かなり高い確率でPGを決められる位置だ。
 PGで3点を取り逆転。スタンドにはその風が吹く。
 しかし、一太は、一瞬の迷いもなく、タッチラインに向かって指をさす。それに対して、グラウンドの15人は、気持ちをたかぶらせる。PGで3点という賢い選択をする気のあるプレーヤーは一人もいないようだった。
 戸惑ったのは、僕らよりも大沢南のように見えた。ああ、逆転されるのか、と思ったところ、残り時間も限られたところ、まるでそんな状況などないかの如く、タッチを蹴ってトライをとりにくる。取りようによっては、バカにされているとも感じられる選択に、大沢南のメンバーは憤るというよりも、戸惑う。
 でも、当たり前なんだ。これは選択ではないんだ。決まっていることなんだ。僕らは、大沢南レベルのチームに、PGで逆転を狙うようなチームではないんだ。別に自信過剰だとか、相手を見下しているとかではない。僕らの力は、大沢南よりも格段上だと確信している。そのチーム相手に、最も可能性の高い得点方法は、トライを取ることであり、その中でも、僕らの最大の強みであるラインアウトからのモールのシチュエーションが目の前にあるならば、そこに考える余地などないのだ。
 小道が、特に面白くもなさそうに、サッとタッチにボールを蹴り出す。あと7m程度のところでのマイボールのラインアウトになる。
 セットをする前に小さくハドルを組む。
「4番で行こう。星野のところ。サインはアップルで」
一太が小さくいう。アップルは、2番の大野が飛んだ後にボールを投げ入れ4番に合わせ、少しプッシュをしてから、一太が回り込むので、そこに星野がボールを放していく。そして、一太がモールサイドを駆け抜ける、そこに岡野と小道がしっかりフォローしていく。僕らのモールが強烈であることは十分に知られているわけで、そこに相手がフォーカスしてきた時の対応として、いくつかのサインプレーをしっかり準備してきた。それをここで出す。
 7人が並んだラインアウトを僕らはしっかりと確保する。相手はモールへの対応にかけて競り合ってこない。
 星野がボールを確保すると、相手はそこに対して、一気にプッシュをかけてくる。一人目は足元に、二人目は上に。星野を潰すことでモールを形成させまいとしてくる。
 僕らのプレーは、その裏を取る。星野は自分へのプレッシャーを予測しているので、少し早めに一太にボールを放す。大沢南は完全に虚をつかれる。ここまで、この試合では、僕らはラインアウトからは全てモールを組んできた。最後の1本で、サインプレーを使ったことで、綺麗に一太がモールの横をすり抜ける。相手の9番がかろうじて反応し、ゴールライン前で一太にすがりつく。が、そこに僕らのSHの岡野が一太の右に走り込んでいく。僕らは、ここまできちんと準備している。一太が抜ける、そこで止められたところに、もう一人、いや実際には岡野と小道の二人がしっかり走り込んでいき、もう一段突破を図るところまで、何度も何度も練習をしてきた。
 岡野は大事にボールを受け、誰もいないインゴールに走り込み、ポスト付近までボールを運びグラウンディングする。
 19ー14。
 ようやくの逆転に、喜びというよりも、安堵の気持ちが広がる。他方で、スタンドの1、2年生は大はしゃぎだ。会場の雰囲気は、「やっぱりか」というムードが漂う。やっと、本来あるべき空気が流れ始める。
 次のキックオフは、少し短め、競り合う形で蹴ってくるが、これを清隆の代役の村田が勢いをつけてキャッチをして、そのまま相手を振り払い一気に走り出す。強さとスピード、それと、独りよがりにならないランニングが身上の彼は、抜けた後に、後ろを感じる。感じながら走る。誰かが来ている。誰かが叫んでいる。左でフォローをしていた笠原が、
「右だ右!」
と叫びながら、ほぼ180度向きを変えて、村田の後ろを右に向かって走ろうとする。村田にその音声が届き、彼はふと減速をする。そして、今まさに、真後ろを右に向かって真横に走っている笠原に、優しくボールを渡す。左手一本でそのボールを受けた笠原は、相手のディフェンスがみんな、左向きに走っていく中で、一人だけ右向きに走っていく。相手の足が止まる。手だけで彼を止めようとするも、トップスピードの笠原を止めることはできない。あっという間に右コーナーまで走った彼は、彼以外の29人が呆然とする中、悠々とインゴールに走り込む。
 あっという間の出来事だった。笠原のランニングはめちゃくちゃだけれど、みんなが左に流れている中で、急な切り返しに、きちんと反応できた村田のセンスが大いにいきた場面だった。
 ゴール下で、村田の笑顔が弾ける。同学年の新田と抱き合う。湧き上がる歓声。試合は決した。
 コンバージョンキックが決まり、26ー14となったところで試合終了のホイッスルがなる。

 10mラインに並びお辞儀をする。大沢南のメンバーが僕らに駆け寄ってくる。
「一太、ありがとう」
大沢南のキャプテンは一太の中学校の同期、しかも同じ野球部だ。一太は彼の肩を抱く。
「花園いけよ。絶対」
「わかってる。やるよ」
グータッチを交わしながら、ふと一太が聞く。
「その腕章、何?」
彼は一瞬戸惑う。そして、下を向く。唇を噛み締め、手のひらを握りしめる。
「なでもないよ。大したことじゃない」
彼は踵を返し、チームの輪に戻っていく。

 スタンドから部員全員が降りていき、ロッカールームに引き上げてくる15人を拍手で迎える。ヘッドコンタクトで脳震盪の疑いのあった清隆も、軽い脳震盪ということですでに戻ってきていた。
 僕の元に、新田が真っ先に走ってくる。
「吉田先輩!やばかったっす!負けたら、吉田先輩に殺される、、と思いました、途中」
大きなハイトーンの声が響き渡る。
「俺も、お前の墓でも掘っておこうかと思ったよ」
「あぶねー」
僕は新田の肩を叩く。
「よかったよ、今日。いいランニングだった」
「次は絶対トライします!」
「いや、トライをさせるなよ、次は、絶対。死ぬ気で止めろよ」
「うっす」

 厳しい初戦だった。まさか、も、よぎった。でも、だからこそ気持ちはさらに高まった。グラウンドでは、次の試合、廣岡工業の試合が始まろうとしていた。僕らは荷物をまとめ、もう一度スタンドに上がる。太陽がメインスタンドの屋根の随分上まで上がっている。少し夏を思わせる暑さが心地よい。大きく息を吸い込み、そして小さく吐き出す。よし。さあ、次だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?