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【小説】あかねいろー第2部ー 66)追い上げの雨

  スタンドの下のロッカールームに引き上げ、前半の反省をする。点差は8点、1トライ差圏外なのは不服だけれど、対タウファということで見れば、最後のワンプレー以外は上手に戦えている手応えがあった。
 一方で、タウファ以外の桜渓大付属は明らかに強化されていた。セットプレーは僕らの方が有利だけれど、モールラックの強さ、接点の強さがああって、僕たちは全くボールに絡めなかった。キッキングゲームでも、10番、15番のキック力がしっかりしていて、完全にテリトリーは押し込まれ続けた。割合では3対7くらいかというところ。ボール支配率になれば、2対8くらいでやられている印象だった。トライを取れそうなチャンスは1度もなく、簡単に言えば、防戦一方の前半だった。
 それでも、戦い方を変えなければ、という焦りはなかった。
「1つ1つ、確実に。タックルして、ディフェンスしていけば、必ず勝機はある」
そう、僕らだって、アタックの力は随分とレベルアップしてきた。前半が抑えられたからといって、後半も同様になるわけではない。焦らないことだ。3トライくらいを取るチャンスは必ず来る。

 今一度思いを1つにしてロッカールームから花道を通ってグラウンドに戻る。
 少し、雨が降り出す。
 北の方から流れきた灰色の雲は、いつの間にかすっかりとグランドを覆っている。そして、まばらながら、しっかりとした質感のある雨粒が降ってくる。
「雨か・・・」
誰かがつぶやく。
「くるなこれは。本格的に」
さっきよりも低く垂れ込んできた雲を見て、そしてさらに冷たくなる風を感じ、しっかりとした雨の匂いを吸い込む。
 後半は僕らのキックオフで再開する。ハーフウエーにならび、相手は10m以下に陣取ってレフリーの合図を待っている。その間に、雨の糸の量がどんどんと増え、雨がスタンドを打ちつける音が聞こえるようになる。
 僕らの肩に、彼らの肩に、そしてスタンドにいるメンバーの肩に、初秋の冷たい雨が降りつける。
 前半とは違う試合になるのだ。この30分、この30分を超えなければ次はない。そして、その決戦は雨、だ。

 小道のキックは雨を意識して、ボールをたっぷり芝生で濡らしてから、大きく蹴り込む。22mを超えて、ゴールラインとの真ん中あたりで相手のSOがキャッチする、と思ったところ、案の定、雨の振り立て、まだ雨モードになっていない体から、ボールはするりと落ちてしまう。クリーンなプレーではないけれど、必要なプレーだ。夏の栂池で、大学生の先輩から教わった。「ほぼ100%ノックオンする」と。
 敵陣の22mとゴールラインのちょうど真ん中くらい。若干右寄りで、僕らボールのスクラムになる。
 絶対にペナルティが欲しい。そして、桜渓大付属からすれば、何がなんでもペナルティは避けたい。
 誰もがわかるその構図に、レフリーも目を見張っていた。
 桜渓大付属は、明らかに初動で負けないように、はじめのヒットで負けないように、僕らよりも先に仕掛けようという目をしていた。岡野と一太はそれを読み取る。
「ボールインはギリギリで」
と一太がいう。岡野は目だけで答える。
 雨ははっきりと降っているものの、まだグラウンドに影響はない。しっかりと構えた僕らに、レフリーが声をかける。
 クラウチから、バインド、そしてセットの声がかかる。岡野はセットされてから腰を下げ、ボールを持ってスクラムのトンネルの向こうを見る。そして、ほんのわずかだけ息を吐き出す。
 その瞬間、短い笛が鳴る。
「イエロー、アーリー」
審判がフリーキックを示し、小さく手を挙げる。桜渓大付属のアーリープッシュの判定。桜渓大付属のフロントロー、明らかに不満な顔を示す。2番は、「向こうの方が速いっすよ」と口にだす。
「そっちの方が早いよ。ちゃんと止まって。押すのは入ってから」
レフリーはにべもなく突き返す。
「どうする?」
「スクラムでお願いします」
 1度目はフリーキックだけれど、2度目はペナルティだ。
「今度は、組んだら瞬間でボール入れて、全力で押すぞ」
僕らはこういう状況を何度も何度も想定して練習してきた。桜渓大付属としては、ここでのペナルティだけは絶対避けたい。だから、2度目のアーリープッシュは避けたいと思うはずだ。だから、その、ほんのちょっとの隙間を全力で突き刺す。たとえ次、僕らがアーリープッシュを取られても、僕らはフリーキックだ。リスクは小さい。組んだ瞬間に、全力で押し込めば、一気に崩せる。
 レフリーの声がかかる。少し冷え込みが強くなる。雨で濡れたジャージから、じんわりと湯気が上がる。
 クラウチ、バインドときてセットで組み合った瞬間に岡野はボールを入れる。先ほどと違うタイミングに桜渓大付属は少し虚をつかれる。そして、僕らは、セットで止まることもなく、一気に押し込んでいく。そこに戸惑いのあった彼らはあっという間にひっくり返るように崩れていく。
 強い、長い笛が鳴る。
「コラプシング」
こればかりは、明らかに僕らの作戦勝ちだった。スクラムでは、やってきたこと、準備してきたことが違うことを見せつける格好になった。
 一太は、ここも迷わずショットを選択する。ゴール前、正面から10mほど。距離は15m。小道が楽々とペナルティゴールを決める。
9ー14。

 雨が強くなる。しかし、後半の出だし、僕らは狙い通りの展開に勢いづく。
 再開のキックオフで、彼らのSOのキックは10mに届かない。ノットテンメートルで、センタースクラムになる。スクラムで圧倒してペナルティを得てからまたスクラム。桜渓大付属には明らかに流れが悪い。
 このセンタースクラムについては、僕らは1つのスペシャルプレーを用意していた。
 特に、スクラムで有利に立っているような場合、ましてや、このタイミングのような、スクラムの印象の強い場面で、是非とも使ってみようというプレーだ。スクラム前にハドルを組み、一太からF Wへ、小道からBKに伝えられる。
 真ん中のポイントだけれど、右にSOから二人のセンター、WTB、そしてFBまで並べる。左サイドには、大きく開いたところに笠原一人をポツンと置く。明らかに何かの意図を感じる陣形だ。笠原のスピードを生かして左で勝負しそうだし、まずは右で数の有利(相手のWTBは下がっているので、ラインには一人少ない)を生かしてきそうにも見える。そして、何より、スクラムで圧倒しているわけで、スクラムで仕掛けるようにも見える。
 SHの岡野がボールを入れる。そして、その岡野がそのまま右に出て、NO8の小野からパスでボールをもらう。と思ったとき、小野はパスをせずに左サイドに一人で持ち出す。相手のSHは岡野をケアーして右にまわっている。FW全体も右を見ている。かろうじてフランカーだけが小野を見るも、小野は大きく左にスワーブを切る形で走り、フランカーをかわしにかかる。相手W T Bが上がってくる。その瞬間、笠原が猛然とトップスピードで走り込んでくる。小野は、パスではなく、左足で、無人の裏のスペースに大きくボールを蹴り込む。そう、小野は中学校の頃まではサッカー部で、県代表候補にまでなった選手だ。FWだけど、足技は、もしかしたら、チームで一番うまいかもしれない。
 サインプレーだ。笠原は小野が蹴ることを知っている。だから、パスをもらうときなどと違う、キックチェイスのように全力で走り込んできて、一瞬で裏に出て、一瞬で一人になる。左サイド、無人の広大なスペースにボールが転がり、笠原だけがそこを追いかける。
 ボールの転がりさえ合えば、確実にトライ!と思ったとき、僕らにとっての右サイド、彼らにとっての左サイドから、豹のようの獰猛な生き物が飛んでくる。そして、笠原がボールを取れるかどうか、というその瞬間、明らかに取る前に強烈なタックルを見舞う。
 タウファにすれば、これしかなかったのだろう。ボールが笠原の手に入って仕舞えば、止める術はない。取る瞬間、その瞬間を狙うしかない。しかし、ラグビーボールは気ままだ。なかなか笠原に向かって跳ねてこないうちに、タウファはタックルに入ってしまった。
 明らかなアーリータックル。ペナルティの笛が吹かれ、タウファには一発でイエローカードが出される。10分間の退場だ。さらに、レフリーはアシスタントレフリーとも協議をする。もしもこのタックルがなければ、トライになっていたのではないか、そうならば、ペナルティトライが認められそうなところだった。おそらく、TMOのようなビデオ判定があればそうなったに違いない。高校ラグビーの県大会のベスト8レベルの試合ではそのような文明の力は使えない。
「完全に捕球できたとは言えないですね」
という声が聞こえる。
 それはしょうがない。なかなか高校ラグビーの現場では、ペナルティトライまではお目にかかることは滅多にない。しょうがない。
 左45度付近。22mラインの少し中。小道は、ボールをポイントよりも少し後ろに下げる。さらに強くなってきた雨の中、ゴールキックはポールの真ん中を抜けていく。
12ー14。

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