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【小説】あかねいろー第2部ー 53)男子校男子の優しさ

 1時間弱、僕と津雲詩音は、文化祭の主に校舎の中の展示や出し物を回った。校舎の中は各クラスや文化部のフィールドで、ここには少なくともラグビー部はまずいない。しかし、ありきたりの文化祭の出し物は、彼女はあまり関心がないようで、結局は、西校舎の非常階段の手前から、いつかのように、窓から、神社とその向こうに広がる小さな森と田んぼの海を見ながら、あれこれ話をした。
 2年前、沙織と初めて会った日も、ここでしばし時間を過ごした。あの時の彼女も高校1年生だった。たった2年前だけど、随分と遠い遠い彼方のことに感じた。そんな遥か昔と同じことをまたしているというのは、僕が変わっていないだけなのか、それとも世界がたいして変わっていないのか。

 2時過ぎに西校舎の前のグラウンドに降りていき、津雲詩音とともに、一太のところに向かう。僕らの行先は、露払いをされるかのように道ができる。女子を連れて歩くというのは、男子校ではそういうことだ。それが、肩を吊った怪我人が、明らかに都会気風の輝かしい女子高生を伴ってくるとなれば、田舎の男子校生はひれ伏し、道を開ける。
 訝しげに僕らを見る一太に、僕が事情を説明する。津雲詩音もところどころ補足をする。
「ダメだよそんなの。絶対ダメだよ。ダメ」
しかし、一太の反応はにべもなかった。僕らは意外な反応に虚をつかれる。
「だってお前、俺らはベスト8で桜渓大付属と当たるんだぜ。タウファとあたるんだぜ、間違いなく。その身内みたいな人に練習を公開するって、どういうことだよ?」
それはそうだけど、だからさ、、、という顔で一太の続きを待つ。
「意味がわかんない。どんな関係なんだよお前ら」
門前払いに僕も少し気分を害される。1時間待ってくれた津雲詩音にも申し訳ない。
「なあ、高校ラグビーって、プロとは違うだろ。厳密にいえば、俺らのやっていること、その練習の中身なんて、素人に毛が生えたようなものじゃん。そんなの隠し立てしてどうするんだよ。それよりも、オープンにしてさ、話題性作ってもらった方がおもしろいんじゃない」
喋りながら少し不安になる。右横の小道に救いの手を求めるけど、小道も首をすくめる。
「ダメだよ。却下。絶対。以上」
一太は何かを振り払うように首を振って、さっさと部室の方へ向かってしまう。僕と津雲詩音はその後ろ姿をただ眺めるしかできなかった。頑固親父が東京へ行ってしまうように。
 取り巻いているラグビー部員が静まる。静まりながらも、関心は取材の件ではない。彼らの関心は、断然、僕と津雲詩音の関係に向いている。
「吉田、、、、お前、まさかと思うけど、、、」
小道がみんなを代表して口をひらく。
「お前、まさか、練習休んでいる間、彼女作ったのか?」
夜明け前の海のように、30人ぐらいがしんとなる。今にも雨が降り出しそうな朝のような湿った空気が流れる。
「お前な・・」
隣の浅岡が大きく腕組みをし、仁王立ちをする。僕は、ようやく気配の中身を察する。そして、その事態に慌てる。
「いや、ちょっと待て。本当に待て。彼女とは、今さっき、ラグビー部の屋台であっただけだ。彼女のわけがない」
言い訳がましいその口調は、さらに疑念の雲を厚くする。
「やめろって。。ねえ」
僕はあろうことか、彼女に救援を求める。しかし彼女は首を傾げるだけで何も話してくれない。
「彼女ではない。絶対に違う」
狼狽した僕は、まるで先ほどの一太のような口調になってしまう。あちこちでくすくすと小さな笑い声がしだす。
「こんな美女が、お前の彼女のわけがない」
笠原が断言する。それはそれで腹立たしいが、その一言で、一気に空気は和解ムードへ向かう。
「吉田は文化祭では前科があるからな。厳しい目で見ないといけないからな」
小道が訳ありげでいう。
「会ったのは今日が初めてなんですけど、私から吉田さんを訪ねたんです」
せっかくの和解ムードに、津雲詩音が爆弾を投下する。もう一度、場は静まり返る。
「吉田・・・それは、取材は、却下だな。以上だ。早く二人でどこかに行ってしまえ」
小道が訣別を宣言する。
「だからさ、そういうんじゃないんだって、本当に・・・」
「無理だ、吉田。話は後で聞く。じゃあな」
小道に連られて、皆が三々五々、散っていく。

 西校舎の前に二人で残される。僕は途方に暮れる。しかし、彼女は明快だった。
「あら、男子校の人たちって、みんないい人なんですね」
「どこが」
「ふふ」
「ふふ、じゃないよ。全く」
彼女は土のグラウンドをスニーカーの爪先でツンツンとする。
「駅まで送ろうか。どっち、JR、私鉄?」
「ありがとうございます! JRの方でお願いします」
「嫌じゃないの?」
「え?どうして?」
「いや、特に・・」
「吉田さん。部活の取材がダメだとしても、本当に、吉田さんの取材をさせてもらえませんか? 私たちの新聞部で桜渓大付属のラグビー部の特集号を作るんです。そこに、タウ君と吉田さんを注目プレーヤーで取り上げたいです」
僕はその意味を考える。一太とかに聞いた方がいいのだろうか。
「完全に、内輪の新聞ですから、一般的に公開されるようなものじゃないです。お願いします!」
「電話か何かで?」
「来週、こちらに来ます。もう一人の子、写真部の子と」
「学校はどうだろう・・・」
「近くの喫茶店とかでいいです。日程はLINEで調整しましょ」
僕は少し眉を上げて、首を数度縦に振る。手際が良い。実に手際が良い。
「30分くらい?」
「か、1時間くらい」

 JRの駅まではゆっくり歩くと20分くらい。地元の観光通りを歩いて、あれが城跡とか、このお寺はだるまで有名とか、ありふれた話をする。JRの駅のペデストリアンデッキで別れて、彼女の姿が見えなくなってから、さてどうしたものかと考える。部室に戻るべきなんだろう。そして、ちゃんと話をすべきなんだろう。でも、デッキの手すりにもたれて、駅の向こうのデパートを見ながら空を見上げてみると、もう陽の傾き具合はいい具合で、風が爽やかで、少し歩いてみたい気持ちになる。学校とは反対側に歩き、今日の出来事を考えてみる。
 全く想定もしていない出来事に対して、そして、津雲詩音という、極めて積極的で、あまりにも近接した話題を持つ女子に対して、僕の一連の対応はそんなに悪くないような気がしてくる。やり直せるとしても、きっと同じことをするかな、と。でも、一太の反応はなんだったんだろう。正直、彼女に練習を見せようが、どんな練習しているかが分かろうが、それもただの1日だけ見せたところで、どう考えても桜渓大付属との試合に影響などない。何しろ、試合は1ヶ月以上先だ。僕らも彼らも、これから予選が2試合もある。そのくらい、普通に理解してくれそうに思うけど。あまりにも、反射的な拒否反応にどうしても違和感が残る。
 2つの路線が乗り入れるJRの駅、デパートも3つ並んでいる。土曜日の午後は、学生やら家族連れやらでなかなか賑やかだ。賑やかな人通りは嫌いではない。そういう喧騒の中を歩くと、どういうわけか心が落ち着く。
 やっぱり学校に一度戻ろう。
 そう思い、長い商店街の賑わいの中を歩いていく。3歳くらいの子供が僕の足にぶつかって転んでしまう。お母さんがしきりに謝ってくる。僕も随分と恐縮する。ファンシーショップの前では、明らかに女子中学生という団体が、随分と派手なメークをして屯をしている。夏の終わり、秋の始まり。随分とカップルと多くすれ違う気がする。
 ああ、そうか。そうだよ。そうなんだ。
 一太も、小道もおんなじじゃん。なんでそんなこと気づかなかったんだ。みんな僕に気遣ってるんじゃないか。肩を骨折して、練習したくてもできなくて、日々、フラストレーションを溜めながら、でも、絶対に安静、絶対に何もするなと言われながら、なんとか練習を見ている僕に、彼らなりの気遣いなんじゃないか。
 そんなのいらないのに。全然いらないのに。でも、そうだよな、逆だったら、僕もそうするよな。
 津雲詩音か。もう一度会うんだよな。僕は彼女に予定のLINEを入れる。

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