見出し画像

【小説】あかねいろー第2部ー 74)作戦準備 ー雨乞い?ー

 月曜日の練習はオフで、次の試合に向けてのミーティングをした。
 今の県大会での廣岡工業の試合はさして参考にならないので、菅平の合宿の時の試合の様子をみんなで確認する。廣川工業、朝丘とは県大会で当たることを想定して、高田や1年生がたくさん試合を撮りに行った。そして、彼らは事前に見るべきところをいくつかピックアップしてくれていて、僕らはその映像を何度も見る。
 廣川工業は、とにかくFWが強い。決してサイズはないのだけれど、例年、小さくともまとまった、そして痛いFWを作ってくる。その底力や伝統の力は、去年の試合で嫌というほど思い知った。VTRで見た昨年の花園ベスト4のチームとの試合でも、平均体重100kgに迫るFWを擁している相手にも、決して一方的にやられることはなく、しっかりモールでトライを取り返していた。一方で、今年のチームの特徴は、やはりバックスの展開力が抜けていることで、例年以上に豊かなタレントが揃っていて、破壊力が十分というところにあった。特に、SOの沖村は、僕らも県代表のセレクションで一緒にプレーをしたけれど、U18の日本代表の一員にも選ばれており、タウファ、浅丘高校の広下と並んで、今大会の注目の3傑とみなされていた。
 理科室に集まった僕らは、廣川工業の試合を一通り確認してから、BKとFWに分かれて、もう一度、二度、YouTubeに限定公開された動画をじっくりと見る。
 SOの沖村の凄さは、なんといっても、強烈なキック力とそのキックの多彩さ、一方で、ランナーとしても猛烈なスピードとステップがあり、キック合戦になると、彼のキック力になかなか贖えないし、ディフェンスの際は彼が後ろに立つので、スペースを与えると、下手をすると1人で簡単にトライまで持っていってしまう。そんな能力を買われて、日本代表ではFBで起用されることが多かった。うちで言えば、決定力を増した笠原と、精度を増した小道が1人になったようなもので、正直、彼のキックとランについては、「どうしようもないよ」という印象だった。
 その反面、彼の課題は、どうしたところで彼が持ちすぎるというところで、バックラインやFWが、要所でしっかりと活かしきれないことが多々あるようには感じた。特に、廣川工業にもセンターに留学生が1人いて、高校生のバックスなのに100kgを超える巨漢で、強烈な突破力を誇っているのだけれど、あまり彼が活かされていない感がある。また、彼は、まだまだメンタル的には発展途上のところがり、ディフェンスもまだまだ雑なアプローチのことが多く、タックルは強いのだけれど、簡単に相手に外されてしまうことも目だつ。SOとして求められるバックアップなどもおざなりであることがことが多く、県代表のセレクションなどでも、コーチから度々ディフェンスの際のランニングコースや献身性というところについては指摘をされていた。
 
 僕らとしての基本の戦い方は、あまり選択肢もないし、考える余地もなかった。
 FWで押すんだよ。俺らの強みは、彼らに対して上回っているポイントは、そこなんだよ。これは、80人全員、誰も理解していることだった。
 そのために、とにかくFWを前に進める、いいテリトリーで試合をできる時間を増やすこと。相手にプレッシャーのかかるエリアで、僕らの超高校級のFWが圧力をかけ続ければ、廣川工業といえども、冷静ではい続けられないはずだ。去年の僕らは、同様にFWに自信を持っていながら、廣川工業に入り口から跳ね返されてしまい、それで、進め方に迷いが出てしまった。けれど、1年たち、僕らもたくさんの強豪校との試合を重ねてきた。雨の百川東の試合では、FWだけで花園ベスト8を、豪雨という味方があったとはいえ引き分けに持ち込んだ。そんな経験を積んでわかったのは、たとえ1回止められても、2回倒されても、3回押し返されても、僕らは4回目も、5回目も押すべきだ。僕らのFWの力は、高校生が相手ならば、よほどのレベルの違いがない限りは、どこと対戦しようと、押すことができる力がある。どんな相手だろうと、僕らのFWに正面から押されることを嫌がるはずだ。だから、どれだけ止められようとも、慌てずに、自分たちが磨いてきたモールを、サイドアタックを続けるんだ。やり続ければ、彼らは、必ずミスを犯す。どこかで。1試合、僕らのFWを完封できる相手はそうそういない。
 だから、そこに迷いはない。押すんだ。とにかく押すんだ。
 ただ、考えるべきところは、では、どうやっていいエリアを取るか。そして、押し切れない場合どうするか。この2つだ。
 1つ目については、これは僕らのチームにとっての永遠の課題で、強い相手に対して、どうやってテリトリーを有利に進めるか、ここはまだ明確な答えは持っていなかった。特に、キッキングゲームになった時、小道と僕のキック力では、沖村クラスのSOやFBが相手になると、どうしても蹴り負けてしまう。また、うまくエリアをとっても、スクラムはいいとして、ラインアウトになると、マイボールの獲得率がどうしても下がってしまう。
 沖村には走られるだろう。ただ、それ自体は、そこまで恐れてはいなかった。ここも、FWと同じで、BKも、これまで散々上位校のランナーたちに抜かれてきた。本当に力のあるランナーを、バシバシ止めることは僕らにはできない。その代わり、1人目2人目は抜かれるんだ、そういうものなのだということを前提にしてしまえば、それに備えてみんなでランニングをすればいい。そうすれば、たとえ抜かれても、1人で最後まで走りきられる、あるいはトライまで一気に持っていかれるということはそうそうおこらない。つまり、想定されるタックルポイントを、二段、三段目までしっかり作っていけばいい。僕らは、そういう経験を十分にしてきた。それに、沖村は、世代最高クラスのスピードがあるけれど、ランナーの質としてはタウファの方が上だ。彼は、速さに、パワーに、そして何よりもうまさがある。僕らは、タウファを、そこそこはおさえてきた。(トライは許したけれど)試合を決めるような仕事はさせなかった。沖村にも、走られるだろうけれど、同様のところまでで対応できるだろうという自信はあった。
 そう考えても、やはり、大きなポイントになるのは、キッキングゲームになるだろうと思われた。彼らも、僕らのFWを自陣で多くプレーをさせてしまえば、僕らには得点する能力が(特に廣川工業のようのレベルのディフェンスを持つチームに対しては)ほとんどないと思っているはずで、故に、どんどん蹴ってくるだろう。
 キッキングゲームで劣るから、ならば笠原や僕を中心に走ろうか、ランで勝負しようかというと、正直、僕らのランのレベル、カウンターアタックの精度では、廣川工業クラスのディフェンスを打ち破れるのは、数回に1回もないように思えた。それでは、FWを背走させることが多くなり、最悪の状態になってしまう。それこそ、彼らの狙っているところだろう。おそらく。舌なめずりしているような恐ろしさを感じる。
 あれこれ話は出るのだけれど、今更、急に何か妙案が出るわけでもなく、キック力を挽回できるわけでもない。
 一番は、
「雨乞いだな」
ということになる。雨になれば、彼我のキックの精度は大きく縮まる。FWの周りでのプレーが多くなり、僕らにとって有利な局面が多くなる。
 しかし、現状の週末の天気は、ひやりとした秋晴れ、最高のラグビー日和の予報だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?