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【小説】あかねいろー第2部ー 65)呆然というよりも唖然

  先制を許したけれども、桜渓大付属に動揺の色は見られなかった。彼らは彼らで、関東大会まで行き、そこでベスト8まで進んでいる自信がある。
 次のキックオフを僕らは蹴り返し、自陣10m付近でのラインアウトになる。
 ここから彼らはモールを組んで押してくる。モールは僕らの方が強いという自負があったけれど、彼らの中にも相応の自信があるのだろう。しっかり組んで、まっすぐと、ゆっくりと押してくる。エリアも中盤で、僕らもモールに全員が入るわけではない。じっくりと6、7mモールを押して、さあどうするかというところでスクラムハーフがボールを持ち出し、左に走る。彼は、SOを飛ばしてタウファに直接パスをする。ボールを受けたタウファは僕に向かって真っ直ぐに突っ込んでくる。絶対に踏んばってやる!と力んだ瞬間、彼の後ろにループをしてきたSOに小さくボールを渡す。僕も、小道も、大野も、みんな、タウファしか見ていなかった。また、モールを押されたことで、FWのカバーは大いに遅れた。
 SOは綺麗に僕の横をすり抜けていく。僕らの10番から14番の足が一斉に止まる。そこをカバーするはずの小道、大野、岡野が立ち遅れてしまっている。
 裏に出た桜渓大付属の10番はフルバックの新田に向かっていく。新田は急いで詰めず、ブライドからのカバーは、フランカーのカバーなどを待とうとする。が、10番は、そんな新田と対峙する前に、意図的にスピードを緩め、少し左に開く。そこに、桜渓大付属の15番がまっすぐにフルスピードで突っ込んでくる。ここまでデザインしたプレーだったのだろう。少し10番が流れたことで新田の重心は右にかかっており、トップスピードの15番に触れることはできない。
 あっという間にポストの下まで15番が駆け抜ける。
 タウファだけではないのだ。10番の選手も県代表の3番手のSOだ。15番の選手も2年生ながら、この大会ですでに8トライもしている。その総合力と、決め手を見せつけられる。
 トライ後のキックは真正面だ。
 3ー7。

 綺麗にトライを取られてしまったけれど、僕らもこのくらいの失点は十分に想定していた。タウファを止めたとしても、他で取られることもあるだろうとは思っていた。ただ、モールをがっつり押されたところは想定外で、そこを改めて確認する。
「モールはしっかり潰そう。あれをやられると、ディフェンスに行けない」
一太が輪の中で指示をする。
 
 僕らのキックオフは22mを大きく超えた深い位置へ蹴り込む。そこからタウファがボールを受けて走り出す。一人目がかわされ、二人目はハンドオフで突き飛ばされる。ただ、3人目でしっかり絡みつき、22mを少し超えたところでしっかりラックにする。
 桜渓大付属の自陣からのキックはノータッチで、笠原がキャッチをする。笠原も、言いつけ通り、無理をせずに、大きく敵陣に蹴り返す。桜渓大付属は10番と15番、僕らは笠原と小道がそれぞれキックを蹴り合う展開になる。
 最終的には、桜渓大付属の15番のキックがダイレクトになり、22m付近でのラインアウトへ。しかし僕らはそのラインアウトでノットーストレートを喫してしまいスクラムへ。
 この試合のファーストスクラムだ。
 ここは僕らが1つ、ポイントにしていたところで、今日は、スクラムをしっかりプレッシャーかけよう。時間かけよう。ここで相手を消耗させようということをプランとしていた。
 相手ボールに対して、僕らは少し早めのプレッシャーをかける。1回組み直しになり、レフリーから注意をもらう。2回目で組んだスクラムは、ボールが入る前から僕らが少し前に出る。アーリープッシュを取られる可能性は十分あるのだけど、とにかく、「最初のセットでレフリーに、僕らの有利を印象付けよう」という狙いを持って、ボールが入る前から「絶対押し負けまい」とする。その想いは向こうも同じだろう。明らかにボールインの前からスクラムでやり合う。しかし、そこには僕らの方が躊躇がない。ここで勝とうと明確に思い、仕掛けているのだから。反則覚悟で。
 もともと、スクラムでは僕らの方が有利だろうと目されていた。平均体重は10キロ以上僕らが重い。3番の浅岡は県代表のレギュラープロップで、一太も県代表の2番手のフッカーだ。明らかに僕らが押し込んだ状態でスクラムがグシャリと潰れる。
「コラプシング!」
レフリーは桜渓大付属の1番を指して、大きく右手を僕らの方にあげる。思惑通りのペナルティ獲得に浅岡が吠える。桜渓大付属のフロントローは明らかに不満の色だったけれども、そこは、意図してやっているのだ。反則のリスクを覚悟して。
 22mで、タッチラインから15mのところ。一太が迷わずにショットをコールする。
 少し冷たい風が吹き始めている。北の山の向こうのほうから、濃いめの灰色の雲が流れてきている。
 小道がゆっくりとボールをセットし、十分に時間をかけてキックをする。綺麗な放物線が、Hのポールの右寄りを通り抜ける。
 6ー7。

 前半はその後もキックを中心とした展開が続いた。時折タウファがボールを持ち走ってくるのだけれど、2、3人は軽く抜かれてしまうものの、僕らも、飛び込まないことを全員で心がけていて、ゲインを切られながらも決定的なブレイクまではさせない。僕も綺麗にタックルで止めようなどとせず、彼の内側、インサイドを切るディフェンスを辛抱強く続けた。抜かれているけれど、10mは走られているけれど、トライまでは行かせない、そんなプランを遂行できていた。
 ただ、全体としては、ボールのポゼッションは完全に桜渓大付属が勝っていて、僕らはしぶとくディフェンスはしているものの、マイボールになって相手陣深くへ攻め込んでいくということはできていなかった。

 そうこうして迎えた前半の27分過ぎ。ハーフウエー付近で僕らはペナルティを犯し、彼らは22mとゴールラインの真ん中あたりまでタッチキックを伸ばしてくる。
 前半の最後だ。ここまでしっかり粘ってきたディフェンスが、もう一踏ん張りというところだった。
 相手も、絶対的なボールポゼッションがありながら攻めきれない状態で、なんとしてもここで一歩前に出て前半を有利な状況で終わらせたいところだ。
 ラインアウトをしっかり確保すると、彼らはまずはモールを8人でしっかり押してくる。2m、3mと前に出ると、僕らは笠原、新田などのバックスも加わって圧を堪える。その甲斐もあり、ゴールまであと10mというところでモールは止まる。レフリーからユーズの声がかかる。9番がブラインドサイドとオープンサイドを見る。ブラインドサイドには、いるはずの僕らのウイングがいない。
 それを見てか、オープンサイドにいるタウファが一人でモールの裏に走って行く。もちろん僕もそれを見て、慌ててモールの裏へ走る。走りながら「ブラインド!」と大声をFWにかける。
 ブラインドサイドはタッチラインまで5mもない。いくらタウファでも、僕らのFWが張っていればそうそう簡単にブレイクはできない。しかし、僕らはモールを止めることにかかりきりで、FWはブラインドサイドのケアがお留守になってしまっていた。そこに9番が小さく持ち出し、斜めに走り込んできたタウファにボールをそっと渡す。
 6番の鈴木が反応するも、タウファのスピードはトップに近く、その手は彼に絡みつくことができない。
 ゲインラインを超えて2、3mというところで僕が追いつく。彼はタッチラインまで1mもないところを、しかも斜めに走っている。内側に大きく切り込ませなければ、外へ押し出せる。内側からはFWもくるはずだ。飛び込まずにしっかり体を当てるんだ。
 イメージはできていた。
 しかし、タウファは、予想と違い、外に向かって流れていた体を、急に反転し内側へ切り返そうとする。そこは行かせない。そのコースならば絶対に抜かせない、内側へスパッと抜かれることだけはさせない、そういうコースをとっている。よし、と思ったその時、彼は、一旦内に向かったその体を、もう一度反転させ、わずか1mちょっとしかない外側へ切り返す。つまり、うちへ行くとと見せて、わずかなスペースの外をつこうとしたわけだ。
 僕は完全に虚をつかれる。そんなプレーができるわけがない。斜め外に走りながら、そこから出されないようにカットインする、そのカットインをたった一歩で、もう一度外へ切り返すなんて、思いもしなかった。
 慌ててタウファに向けて飛び込む僕の肩を、彼は綺麗にハンドオフで下に叩きつける。僕は顔面から地面に落ちていく。
 タウファは、タッチライン際を鮮やかに抜け、インゴールの中を悠然とグランド真ん中まで持っていく。
 悔しさもないくらい、完全に抜かれてしまった。あまりのプレーのレベルに、呆然というよりも、唖然という感じだった。
「ごめん」
首を傾げながらいう。しかし、誰もその言葉に耳を傾けない。
「あれはすごいな。ありえない」
改めて、タウファのレベルを実感する。そして、力の差を痛感する。
「わかっていたことだ。次だよ次」
一太が僕のケツを叩く。
 コンバージョンキックは難なく決まり、そこで前半が終了する。
6ー14。

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