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難しいと思えることをシンプルに考えてみる

ここ数ヶ月、心理について新たに学んでいます。

以前にも書いたのですが、学んでばかりで、アウトプットや、その実践がないと、かえって行動にはブレーキがかかる場合もあります。


けれど。

学んでも学んでも、完璧な解明なんてできない『人の心理』に、私は興味がつきないのだということにも気づきます。


リアルな日常の中で、人の心理の機微に振り回されてしまったり、後悔したり焦ってみたりする中で。


ふと、

ほぼ自動的にそこから離れて俯瞰している自分にも出会います。


起こっている出来事の中にどっぷり感情的に浸かっている間は、渦の中で、もうどうしていいのかわかんない‼️ってなったりするのですが。


少しだけ時間が過ぎて、心が静かに沈殿してくると、ふと笑ってしまう時があります。

そんな、たいそうな話?


その時点でも、何も解決策が見つかっているわけではないけど、


何だか心はゼロ地点のような所にいて、


本質はどこ?
私が振り回されていると自覚できた時点で、本質的な部分と、見えている現象は、切り離せているのでは?

と、整理がつく感覚があります。


それを私は、

外側と内側


そんなイメージでとらえています。


私個人の内側は、さほど波打つほどでもないのに、なぜ、外側では、こんなザワザワしたことが起こるんだろう?

私自身のありたい姿って?
どんな未来の中を生きていたい?

と、自分の中に、自動的に問いがおこる感じになっています。


私たちは、


ひとつの課題に直面すると、そこについてくる次の問題に、そーいえばアレも(過去)、どうせこの先も(未来)問題山積!のイメージをつないでしまいがちです。


けれど、

たとえば目に見えるモノの整理のように、


まずは分類してみると。


実はそんなにどーしようもないほどの複雑さではないのかもしれません。


本質的な想い vs 感情の起伏
身体の疲れ vs こころの疲れ
自分のこと vs 周囲の人のこと
仕事のこと vs 家族のこと

オススメなのは、まずは2分類から。



ちょうど先日、うちのアトリエで、整理収納の、お洋服の片付け講座したのですが。

片付けられないたくさんの服が、クローゼットにも収まらず溢れてしまう課題で、

・今着たい服
・ここぞ、という時に着るよそ行きの服
・もう必要ないかもしれないけど、念のため取っておきたい服
・高くて価値があるので捨てられない服
・誰かにあげるか売るか、捨てずに譲りたい服
.....

などと。いきなりパシっと分類できる人はあまりいませんでした。


でも、2分類なら。


・今日明日すぐに着たい服
・それ以外


これなら。

誰にとっても、かなりハードルが下がります。



課題がある時の「こころの整理」も、こんなふうに、まずは2分類してみてはどうでしょう。


・今日の過ごし方
・それ以外


・課題の中の今一番気になること
・それ以外


・誰かに助けて欲しいこと
・それ以外


こんなことやったってと言わずに、たとえ一時的にでも、こうやって問いをたててみるだけで、複雑怪奇でどーしようもない出来事を、一瞬でも、自分から離す、距離を置くことはできると思います。


そうなってくれば、気持ちを沈殿させることにつながります。


そして、先に書いたような、

本質と事象
身体とこころ
自分軸と他人軸
仕事(社会性)と家族

のように、

今の課題や悩みの「分類」を、落ち着いて考えてみることができるようになります。


学びは、何かの悩みや課題に直面して、その解決の糸口を探るようになれた段階で初めて、意味を感じることができると思うんです。

学びの時間と体験にはタイムラグがあって、そこには人それぞれの長短がありますが、


きっと、問題という渦から、ほんの少しだけ離れて見れた時点で。その問題の「大きさ」「深さ」の見方は変わります。


「難しいことを簡単に」
「複雑なことをシンプルに」

と、

こんな言葉を今日の小さな学びとして、
自分の引き出しに入れておくだけでも、

何かの時に役立つかと思います。


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