JTBD/ジョブ理論の実践的なモデルについて
0.JTBD(ジョブ理論)とは
ジョブ理論は、プロダクト開発において、顧客のニーズを定義するのに適した理論です。JTBDでは、ユーザーがプロダクトを利用するときに、必ず「成し遂げたい目的」があるとして、その目的を「ジョブ」と位置付けて、ニーズを探ります。
「顧客はどのようなモノやサービスを欲しているのか」「顧客のニーズに応えるために、自社のサービスやプロダクトをどのようにアップグレードすればいいのか」など、特に初期のスタートアップにおいてプロダクトを考えるのにとても重要なヒントを探し出せます。
ジョブ理論を発表したのは「破壊的イノベーション」や「イノベーションのジレンマ」などで有名なクレイトン・クリステンセン教授です。
また、そこから様々な関連著書が出ており、その中でも起業家のAlan Klementは、"When Coffee and Kale Compete"という著書でユースケースをふんだんに含めながら、実践的にJTBDを解説しています。
こちらのWhen Coffee and Kale CompeteはPDF版で無料で読めます。200ページ以上のボリュームですが、非常に示唆に富んでおり、プロダクトマネージャーにとっては必読とも言えるかもしれません。
他にも、AlanはMediumで非常に多くのJTBDに関する記事を書いています。その中でも彼が2019年2月に最後に出した記事"The Jobs to be Done Data Model"は非常に実践的なJTBDのデータモデルです。
そこで、本記事では"The Jobs to be Done Data Model"を解説しながら、JTBDの実践的な深堀りをします。
このモデルを使えば、JTBDがどのように作成されるか?、またJTBDを達成するためにユーザーがどう行動するか?を定義できます。すなわち、プロダクトの消費行動を説明でき、ひいては将来の予測をすることができます。
1. JTBDデータモデル
このモデルは3つのパーツに分かれています。①JTBDの合成、②選択セット評価、③新しい市場行動です。
JTBDを化学反応のように考えて、物質が集まり(入力)、新しいものが生成される(出力)というプロセスです。例えば、水素と酸素(入力)が一緒になって水(出力)が作られるという、水の生成式に似ています。
この生成式をJTBDに置き換えて考えると、①JTBD合成、②選択肢の評価、③新しい市場行動の3つのプロセスで定義できます。
① 4つの要素が十分に集まると「完了すべきジョブ」が作成される。
② それらの要素が縮小されない限り、ユーザーは進歩(progress)するための新しい方法を模索し始めます。
③ 進歩する方法が見つかれば、その新しい方法を採用して、切り替えます。
ステージ1:JTBDの合成
ここでは、JTBDがどのように作成されるかを説明します。このプロセスをJTBD Synthesis(合成)と呼びます。 JTBDの合成では、未達成の目標(Unmet Goal)、制約(Constraint)s、および触媒(Catalysts)が十分なエネルギーと一緒になるとJTBDが生成されます。
「十分なエネルギー」とは、ユーザーが「私は変化を起こすべきだ」と決心するほどに、未達成の目標、制約、および触媒を体験することを意味します。後半で、これらの各要素を解説します。
ステージ2:選択肢の評価
JTBDは実際に見ることはできません。変わりたいという欲求は人々の頭の中にのみ存在するからです。つまり、他の人からは観察ができない潜在的な変数と言えます。
しかし、変化をするために行動を起こしている人を見ることはできます。つまり、人々が何かを変えるために何かを採用しようと考え始めた時にJTBDを観測できます。これが、モデルの第2段階である選択肢の評価です。
選択肢の評価は、JTBDのためにどの選択肢が良いかを考えているときにユーザーが行うことです。これは、3つの動作を通じて示されます。
再発明⇔ショッピング⇔トレードオフ評価
2.1 選択肢の評価ーショッピング
ショッピングは情報探索のことを指します(外出して、情報を集めて、熟考して、納得するなど)。このモデルでは、ユーザーが前向きな変化を求めているときに、以下のことのために情報を探している時のことを言います。
1. どう変われるか?変われないか?を考える手助けをする
2. その変化を実現するためどんなソリューションが使えるかを学ぶ
ユーザーがショッピングを体験するには、いくつかの方法があります。たとえば、30日間の無料トライアルのサインアップから、「CRM おすすめ」とGoogleで検索するなどです。
2.2 選択肢の評価ー再発明
再発明とは、情報探索の中でも特定の種類の行動です。ここでは、すでに手元にあったり、使うことができるソリューションを試して、それが望んでいる進歩をもたらすかどうかを確認します。たとえば、持っていたトロフィーを文鎮代わりに使う人から、Excelを使って結婚式のプランニングをする人まで、さまざまなことが起こります。再発明がうまくいくと、それをそのまま採用します。逆にそれが失敗した場合、ユーザーは再びショッピングをし始めます。
2.3 選択肢の評価ートレードオフの評価
トレードオフの評価では、ユーザーは以下について考えます。
1. 諦めることができるもの
2. 諦めたくないもの
3. コストを払う意思(時間、お金、努力など)
これはショッピングと再発明が混在している状態と言えます。
ステージ3:新しい市場行動
JTBDの合成と選択肢の評価がうまくいくと、次に実際に行動が変化し、古い方法をクビ(fire)にして、新しい方法を採用(hire)します。
このステップでは、マーケットがどのように作られ、そして破壊されたり、変化が起こるのかを理解するのに役立ちます。一人ひとりがこの行動を取ることで。市場全体で変化が起きます。
人々のジョブの採用とクビには以下のようなポイントがあります。
1. 採用は、ただの使用や購入、消費することではありません。ユーザーが「これでうまくいく!」と思う魔法の瞬間です。
2. ユーザーが採用するのは一度です。採用後は、クビにするまで単にそれを消費するだけです。
3. ユーザーが何かを採用するとき、必ず何か他のものをクビにします。明示的な場合もあれば(たとえば、Salesforceの使用を中止して、Copperに切り替えた場合)、暗黙的な場合もあります(頭の中で物事を続けるだけでなく、Excelを使い始めました)。
4. 人々はソリューションシステムを雇います。ユーザーは単一の製品を独占的に使用することはめったにありません。販売プロセスを管理しようとしているときは、CRM製品のみではなく、メールやカレンダー、電話などと一緒に使用します。
4. JTBDに必要な要素の説明:未達成の目標、制約、触媒、選択肢
JTBDモデルには、JTBDの合成、選択肢の評価、および新しい市場行動があることを説明しました。
この中で、JTBDの合成に必要な4つの要素について話します。
1. Unmet Goal (未達成の目標)
2. Constraints (制約)
3. Catalysts(触媒)
4. Choise set(選択肢)
4.1 未達成の目標〜ユーザーが望む、現時点では得られない体験
JTBDモデルにおいて、ユーザーの行動を予測するために、マーケティングや経済学のモデルではなく、心理学と哲学から人間の行動のモデルを研究されています。
1. 人間は、積極的で意欲的な生き物であり、望むものを達成するために行動を起こします。
2. 目標は補完的、非排他的、体系的です(分析的で階層的ではありません)。
3. 基本的な人間のニーズは、経験を通じて促進された感情です。例えば。製品は直接感情を抱かせることはできないが、感情を生み出すための経験を可能にすることができます。たとえば、銃自体には安全を感じることはできませんが、銃を持っていることで、安心感を与えてくれます。
これらから言えるのは、人間は根本的に、ポジティブな感情に引き寄せられていることを示唆しています。そして、マーケットに置き換えると、ポジティブな感情の追求がユーザーに製品を購入して消費させる原因であることを意味します。
したがって、JTBDにおいては、ソリューションを初めて採用したときに人々が期待するポジティブな経験と感情をポイントであることが分かります。
JTBD理論では、未達成の目標を、ユーザーが望んでいる、実現されていない将来の経験と定義します。たとえば、
営業チームは案件の進捗を常に知りたい。
案件を見失いたくない
案件が失注したときに、その理由を知りたい
正しい、一つの情報を参考にしたい
リードの獲得を営業プロセスに繋げたい
見込み客と話すときに、関連するあらゆる情報を参照したい
見込み客と話すときに、知ってもらっていると感じてもらいたい
ユーザーが上記の目標を望んだときに、これらを解決するためのソリューションを探し始める可能性が高いです。これが実際に発生するかどうかは、触媒、制約、および利用可能なソリューションによって異なります。ユーザーがこのJTBDに対して、たとえばSalesforceという製品を採用すると、JTBDは存在しなくなります(満たされていない目標が達成されたため)
4.1.1 目標の種類
目標は19種類に分類できます。各種別は、人間の根源的なニーズ(≒感情)を表します。たとえば、
親が「自分の子供がどこにいるかを常に知りたい」という目標は、コントロールとケアのニーズを満たしています。
誰かが「夜のクラブに行ったときに目立ちたい」という目標は、認識とインフルエンスのニーズを満たしています。
4.2 制約〜満たされていない目標を達成できない原因
未達成の目標への追求(今は実現できていないが、将来に望んでいるポジティブな感情や経験)はユーザーが行動する原因になります。
ただし、未達成の目標を達成したからといって、必ずしも商品が消費されるわけではありません。たとえば、朝の通勤は退屈だ(未達成の目標)と思うかもしれませんが、代わりに自宅で仕事をすることを選択できれば、特に問題はありません。
むしろ、「ニーズ」は、何かを経験したいときに生まれますが、何かがそれを妨げるのが常です。これは実現化のギャップと呼ばれます。
JTBD理論では、制約は、ユーザーが何かしらの未達成の目標に向かって進むことを妨げる実現化のギャップの原因です。
4.2.1 制約の種類
ユーザの消費行動を説明するのに、制約を使うことは過去あまりないそうです。過去数年間で元記事の著書含む何名かの研究者によって、リスト化されたのが以下です。これはまだ改善され続ける余地があるということです。
不安 望んでいないことが起きることへの心配
スキル不足 何かを理解するのに必要な知識の不足や、何かを実行するための物理的なケーパビリティの不足
スイッチングコスト なにかを変えることに、労力がかかりすぎたり、価値を感じないという感覚
習慣 忘れたり、諦めることが難しい慣れてしまった精神的または身体的な行動
機能的な依存関係 新しい方法は、関連しているが全く別の製品や行動に相互作用している
お金 利用可能な資金が不足している
時間 時間または労力を使うことに価値を感じられない
状況の壁 ユーザーがコントロールできない範囲での現在の環境に影響されている
組織的な壁 ユーザーがコントロールできない範囲での現在の仕事の環境に影響されている
4.3 触媒〜他の要素に影響を与えるイベント
さて、未達成の目標と制約がユーザーのJTBDの生成を説明することがわかったかと思います。しかし、これらがいつJTBDを生成するかを予測することが大切です。
ここで重要なのが時間です。時間がなければ、進歩(ユーザーがポジティブな変化をするためにプロダクトを採用する)という考え方ができません。
そこで、触媒という、未達成の目標や制約を作ったり、影響を与える過去のイベントを定義します。(過去の出来事を考えることで未来を予測することができます)。触媒を時系列で考えることで、ユーザーの観察可能な行動の変化を示すタイムラインを得ることができます。たとえば、ユーザーが、初めて製品を購入し、使い始めて、他のものを使うのを止めると言った過去の行動のイベントです。
4.3.1 触媒の種類
触媒も制約と同様にまだ改良される余地があるそうです。
予測可能なイベント 何かが起きることが予測できる
想定外のイベント なにか驚きのことが起きる
繰り返されるイベント 過去に起きたことが、再び起きる
広告 製品について知らせたり、使い方を教えたりするようなコンテンツの宣伝
口コミ 他の人から直接聞いた情報
使われているのを見る 今まで知らなかった何かを誰かが使っているのを見た
製品によるポジティブな体験 製品を使うことで、何か良くなりそうと感じた
製品によるネガティブな体験 製品を使うことで、何か良くなりそうと感じなかった
進捗の確認 達成したい課題に近づけた
ジョブの完了 望んでいた変化が達成できた
低いレイヤーでのJTBD どこかしらでの進展が、他の場所での進展のニーズを引き起こす
4.4 選択肢〜制約を克服し、目標に向けて前進するためにユーザーが採用を検討しているもの
JTBDを説明する際には、その解決策についても言及する必要があります。つまり、JTBDは「"何が問題なのか"を定義することが困難な"問題"(Wicked Problem)」と言えます(Rittel、Webber 1973)
JTBDはProblem Solutionであるため(単なる"Problem"ではない)、次のことを意味します。
1. すべての問題には、実現可能な解決策の説明が含まれる
2. すべてのソリューションには、関連する可能性のある問題の説明が含まれる
次に、JTBDが実際に存在するかを確かめてみます。ある人が「インターネットを使って自社ブランド/製品の認知度を高めたい!」というJTBDがあるとします。
この時そのユーザーは、音声配信、ブログ、ビデオ、ニュースレター、Twitterといった選択肢を検討しているため、ここにはJTBDが存在していると言えます。ここで重要なのは、解決策を真剣に検討していない場合、JTBDは存在し得ないということです。つまり、JTBDにおいては、ユーザーの趣味嗜好が知りたいのではなく、実際の行動に基づいた明らかな好みに注目する必要があるということです。
補足すると、ユーザーがソリューションの選択肢を実際に検討している場合、そこにはJTBD(何かしらの未達成の目標と、制約、触媒)が存在しうることを示唆しているということかと思います。
たとえば、5年前は、子供ができる前は子育てについて本を買うことを考えたことはありませんでした。なぜならば、「良い親になる」というJTBDがなかったからです。一方で、未達成の目標や制約、そして触媒があったかもしれません。しかし、その背後には、「子供を育てる方法を知りたい」というJTBDに十分なエネルギーがありませんでした。このJTBDは、子供が生まれた後に、さらにどのように育てようか?というさまざまな選択肢があったからこそ、JTBDが生成されます。
繰り返しますが、JTBDを実際に見ることはできません。「変わりたい」というニーズはユーザーの頭の中にのみ存在します。逆に、JTBDが存在することを証明したい場合は、実際の動作に密接に結び付ける必要があるということです。
結論
さて、JTBDのモデルを解説したこの元記事を解説しようとしたら、ほとんどがその抄訳になってしまいました。それくらい、この元記事は示唆に富んでいて、充実した内容であることが分かりました。
個人的好きなのは、これはあくまでもセオリーであるということ。つまり、過去の事例をベースに、調査データをベースに形作られた方法論であるということです。
一方で、元の記事の締めにもあるように、
しかし、これはほんの始まりにすぎません。 これらのモデルの検証、進化、定量化については、さらに深く議論する必要があります。 また、グラウンデッドセオリーの方法論、およびそれを使用してJTBDデータを収集し、JTBD仮説を形成し、それを検証する方法についても説明する必要があります。
JTBD理論や、このデータモデルは、今もなお検証され続けている理論であると言えます。
私もプロダクトマネージャーとして、JTBDの理論をより実践に近づけるべく引き続き勉強していきたいと思います。最後に良かったらTwitterをフォローしていただければと思います。
参考文献
JTBDについてもっと知りたい人は、以下を参照してください。
元記事
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