見出し画像

死への過程を飛ばすヒトビト。


「俺そんな長く生きなくていいからタバコ吸い始めよっかなぁ」

本当に彼は何気なく言ったんだと思う。
でも、これを私が聞いたのは3年ほど前だ。
未だに記憶に残っているということは、いくばくか私はショックだったのだろう。

人生100年。

長いなと私も思う。
そんなに生きていなくていいとも思う。

周りの人でいつ死んでもいいと言っている人は多いのに、どうして私は彼の言葉に未だにショックを受けているのだろう。

彼と周りの人では何が違うのだろう。
そうふと考え始めると一つの仮説にたどり着いた。

彼は健康な状態から死へ移行するものだと考えていてその間がないのだ。
一方私の周りの人は全てを理解してそれでもなおいつ死んでもいいと思っている。



健康であることほど快い物はない。だが病気になる前には、それが最も快い物だということに、自分は気づかずにいた。
静止状態がその時々によって、苦と並べて対比されると苦しいことに見えるというだけであって、こうした見かけのうちには快楽の真実性という観点からみて何ら健全なものではなく、一種のまやかしにすぎない。
『国家』プラトン



健康が一番。ということを私は言いたいのではない。

健康な状態から死に移行することは少ない。

言わずもがな、日本での死因の一位はがんだ。
自殺や事故で即死なら健康な状態から死への移行は容易いだが多くの人がそうではない。

髪だけだと思ったら、眉毛もまつ毛も抜けてしまう。
体が思うように動かず、自分ではなくなっていく感覚。
やせ細ってどんどん血管が浮き出ていく腕。

一つ一つ普通を失って死は訪れていく。

 その過程を知らずに早く死にたいと発した彼に、私はどうしようもない気持ちになった。

死にたいほどの絶望を抱えず。
死への過程も知らず。

それでもなお早く死にたいという彼の死は死ではなく消えたいに近いのではないかと。

健康が一番。
だから生きなさい。
と言っているのではない。

死ぬことよりも普通を失っていくほうが苦しいのではという話なだけ。

それらを知っている上で人生を選択している人を美しいと私は感じる。


#エッセイ
#コラム
#プラトン
#生きること
#病気
#小説

サポートありがとうございます😭❤️サポートは本を購入したり、休日にカフェでゆっくり心の回復をするのに使わせてもらいます🙇‍♂️