そろそろ退却。戦略的キャリアダウンしたい(後編)
嘘つきセネカ大好き。
では、さぞかし、ローマの哲人・セネカ師匠は、キレイに公職を引退して、悠々自適の晩年を過ごしたんでしょうね?
…いやいや、それが引退できてないです。
宮廷のなかでの立場がだんだん危うくなり、莫大な財産を皇帝・ネロに献上して、引退を試みたのですが、かつて自ら教えた上手な弁論術で、うまく引き止められてしまったとのこと。そこで、病気だなんだと言い訳して、引きこもっていたらしい。
そんな、いつ暴君ネロに自殺を命じられるかわからない状況のなか、すごい勢いで書いたのが『倫理書簡集』。(訳によっては、道徳書簡集、あるいはルキリウスへの手紙、とも。)
ちなみに、皇帝が自殺を命じるというのは、=(イコール)処刑、でも、武士の情け的なやつで、自分でけりをつけろということ。
ほかの作品もそうなのだけど、セネカ師匠は現状をきちんと把握しているにもかかわらず、ちょっとズラして文章を書き、現実をロンダリングしようとしている様子。
引退については、「めっちゃ出世して、職務もうまくいっているんだけど、しかし、人として哲学するためには引退して自由の身になるべき!」というスタンスで論じており、真に受けると「この人、嘘つきやん、ヤバいやつやん」となるのでご注意を。
この、親友ルキリウスくん宛の手紙(という体裁の文章。ほんとの手紙かどうかは怪しい。)、すばらしいし、考えさせられるし、現代のわたしたちにとても刺さる内容です。
以下、引用していきますね。
もうこれ以上頑張ることはない。
そう、ついついコレやってくれ、アレも任せるよ、などと言われると、ホイホイ、喜んで!と、仕事増やしがちマンになってしまうのがわたしたち。
会社内のことに限らず、お付き合いでなにかの役をやったり、誘われたからと業務外の勉強会に参加したり…
それで、忙しい忙しい言ってたら世話ないですわな。
みずから多忙にしがみついているわたしたち
ほんと、そうね。肩書、立場、などに、自分で自分を縛り付けているのかもしれません。それを失うと、まるで自分自身の価値が下がるかのように感じて。
すぐに引退、キャリアダウンしないにしても、これを自覚しているか否かはかなり大事だと思います。
わたし個人は、役職二つのうち、一つはいいタイミングがあり、円満に降りて、もう一年くらいかな。あと一つは、後任と見込んでいる若者がもう少し育ってきたら…契機を逃さないよう、自分もためらわず、周囲への根回しもいまから怠らず、うまくやりたい!
そして、閑居はしないけど、体力に少し余裕をもたせながら生活したいものです。休みの日に文章書いてる時点で、過去の生活よりはずいぶん余裕がありますが。
来週の勉強会(はい、社外のやつです)の資料がまだできてないことは一旦忘れましょう。ではお元気で。
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