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「パラソル&アンブレラ」③

第三話「時には母のない子のように」

 だが、彼は古透子を諦めなかった。いや、全くと言っていい程、彼女は愛想を示していないにも関わらず、彼は彼女を時に街へ、時に海辺へと誘い続けた。古透子が嫌だと言っても、次の週の休みには、必ず誘いの声をかけるのだった。古透子はといえば、そんな風に気に入られて、最初は嫌な者に捕まってしまったとうんざり気味でいた。だが、友人(ゆひと)の真剣な眼差しと態度に接していると、まあ、そんなに悪い者ではない気がしてきた。だが、鬱陶しいことこの上なしに変わりはなし、いつもつれない態度だった。
 だいたい、外見は彫りが深く、崩れることのなさそうな鼻梁と長いまつ毛で二重の背の高い友人(ゆひと)が、典型的な日本人である自分に夢中なのが、どうにも解せなかった。私並みの外見の女など、そこら中に腐る程居るではないか。まあ、性格は超オタクだとしても、私にこだわるいわれはない。冷静で分析力豊かな古透子は、ストーカー並みに近付いて来る友人(ゆひと)が、不思議でならなかった。

 だがそんな友人(ゆひと)の方はというと、日本にすっかり馴染んだ身の上、どちらかといえばアメリカ人の父に違和感があり、日本人である母にベッタリのマザーコンプレックス人間であった。ハーフである自分の居場所を常に探しており、そんなキャンパスライフで、古透子と出会った。ハーフだからといってチヤホヤしてくるでもなく、自分の意見をキチンと言いながらも、男に対しては潔癖で、一定の距離を持って接している古透子が、友人(ゆひと)は、好きだった。告白はしていなかったが、態度で誰の目から見てもそれはあきらかだった。早く付き合って、彼女にメロメロになりたかったのだが、古透子のガードは常に屈強であった。
 
 だが、そんな二人が一度だけ、一緒に海へ出掛けたことがあった。古透子と八未の母が亡くなった時である。その当時、古透子は毎日泣き腫らしたような顔をしており、彼女の透明感がより一層際立ってしまっていた。そんな幽霊のように透き通った古透子を、友人(ゆひと)は放おってはおけぬと、海へ誘い出したのであった。
 古透子は、何も喋らず、泣きもせず、ただボーッと友人(ゆひと)について来た。バイクの後ろに乗るのは嫌だと言われたので、二人で在来線で海へ来た。
「♫海へ〜、来なさい〜。、、、誰の曲かわかる?」
友人(ゆひと)の問いにも全く反応がない古透子は、このときもただただ頭を振ってみせた。
「井上陽水。ママが好きなんだ」
友人(ゆひと)がニコッと微笑むと、古透子はガックリとうなだれて、
「ママ、、、ね」
とつぶやいた。
「古透子ちゃんのママは、何が好きだった?好きな歌手とか、、、?」
「さーあ。。。」
古透子は、また頭を振った。
「強いて言うなら、、、男かな?」
「え?」
友人(ゆひと)がポカンと聞き返すと、古透子は、
「もう、死んじゃったから時効だと思うんだけど、よく男を取っ替え引っ替えしてたらしいんだ、おかーさん。それで病気になって、早死。なんだか、なんだか〜、だよねえ」
と、母の身の上を白状して、またうなだれた。
「やっちゃん。八未は、その血を引いてるんだ。私は、どこから来てるんだか、わからないんだけれど」
とほほ、とつぶやくとそれから無言で、二人はあたりが真っ暗になるまで海辺に座っていた。
友人(ゆひと)は、そんな彼女を押しもせず、ひたすら寄り添って隣に座って佇んでいた。

  

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