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シャッター

 活気のある、地元の人たちが使う分にはちょうどいい、こじんまりとした商店街の端に、全く開かないシャッターが一つあった。 
 看板はなく、何のお店かは分からない。他の商店と同様、家と店が合わさっているように見え、家として使われていることは間違いない。しかし、商店街にひらかれる形でシャッターがあるということは何かのお店なのか、それとも過去そうだったのかのいずれかだろう。
 開かずのシャッターのはすむかいの青果店に住んでいる少年は二階の自室から毎朝、毎晩とシャッターが開いていないか欠かさずチェックしていた。学校から帰ってくる午後も必ず確認していた。少年ながらに、シャッターの奥に何かあると感じていたのか、あるいは、ただの子供ながらの好奇心からくるものかもしれない。
「ママ、あそこのシャッターってなんでいつもひらかないの?」少年はある日母親に尋ねる。
「なんでそんなこと聞くのよ。それよりほら、人参残さないの」少年の目の前にあるシチューが入った器を指差され、少年は困った顔を浮かべた。
「ねぇ、このしょうてんがいであのシャッターだけだよ、いつも開いてないの」
「変なこと聞くのね。そんなのよくあるじゃない」
「そうなの? あそこって何のお店なの? だれがすんでるの? まだあそこの人見たことないよ」
「そんなこと気にしなくていいから早く人参食べなさい。食べないとごちそうさまできないわよ」母親の声に気だるさが滲み始める。
「分かった。そしたらパパに聞いてみるからいいよ」

「ねぇ、パパ。あそこのシャッターが閉じてる家って何のお店?」ある休日の朝、少年は父親に尋ねた。
「うん? そんなこと知ってどうする」父親は新聞を両手に持ったまま答えた。
「だって気になるじゃん。ここらへんでみんな何のお店やってるか、だれがすんでるか知ってるじゃん。なのにあそこのシャッターの家だけいつも開かないしだれも出てこないし」
「仮に何かのお店だったとしても、今まで行く必要がなかったんだから、そんなシャッターのことなんか気にするな。それより裕太、お前宿題は終わったのか? チェックするぞ?」父親は尚も新聞を読んでいる。青果店は年末年始を除いては年中営業している。朝の開店まであと三十分ほどになっており、父親はその間いつも新聞を読み一息ついている。
「開かずのシャッターのことなんて考える必要ないから、宿題終わったらお店手伝うんだぞ?」父親の鋭い声が少年に投げられ、はいと少年は小さくつぶやいた。

 それから何日、何十日と経つも相変わらずシャッターは閉じたままだった。貼り紙も何もなく、ただ無機質に灰色がかった白いシャッターが商店街の中で一際浮いて存在していた。シャッターの存在すら見えていないかのように、商店街は毎日地元の人たちで賑わっていた。
 少年は学校帰りにいつものようにシャッターの前に立ち、じっとチェックをする。その瞬間、奥から人が動いている気配があった。何か大きな物を置いたり、動かしたりするような音が聞こえてきた。ときどき金属と金属がすれるような高い音も聞こえた。 
 少年は思い切ってシャッターをバンバン叩き「すみません」と大声で呼びかけた。「すみませんー、すみませんー」何度も叩くが中からは何も反応がなく、さっきまで聞こえていた物音まで聞こえなくなっていた。少年は呆然と立ち尽くし、家に帰った。
 翌日から毎日のように、学校帰りにシャッターをバンバン叩き「すみませんー」と声をかけ続けた。家であるため表札があってもおかしくないが、どこにもなく名前が分からないため「すみませんー」としか言うことができなかった。
「おい、裕太。何してるんだ。そんなことしてないで早く家で勉強しなさい」青果店の奥から父親が出てきて少年を叱る。
「だって中に人がいるんだもん。ここの人なんて名前?」家に向かう最中、少年は尋ねるも父親は答えず、青果店で商品を袋詰めしていた母親に「あら、おかえり」といつものように温かく迎えられる。
 その翌日から、少年は手紙を書いて、朝学校に通う前にシャッターと地面の間に挟むことにした。万が一手紙が風で飛ばないように、石を乗せた。初めは挨拶と自己紹介を、その翌日以降は商店街にいる人たちの名前や人柄、店の種類などを事細かに教えてあげていた。何の反応もない代わりに不思議なことに、少年が挟んだ手紙は学校から帰ってくるとなくなっていた。返事が欲しいと書いてもシャッターの奥からは何の反応もなかった。
 数十日間、少年は書けるだけの内容を手紙にしてシャッターの下に挟むも、少年が住む小さな商店街について、書くこともなくなってきた少年は、ある日を境に手紙を書くのを忘れることが増えた。そのうちに少年は、いつの間にかシャッターの存在すら気に留めなくなっていった。
 その後しばらくしてある日、この小さな商店街にある大きな出来事が起こった。


【速報】【惨劇】ある平和で小さな商店街の真夜中に響く地獄の悲鳴。一晩で三十人を刺殺。十五人以上意識不明の重体。犯人は豚のマスクを被って数十本のナイフや鉈を所持し逃走。未だ見つからず。犯人は商店街の端にあるシャッターの奥に潜み、殺害された被害者の一人である少年が書いた手紙を元に犯行計画を立てていた模様。警察は一帯を封鎖し、厳戒態勢を敷き犯人を追跡するも未だ手がかりは見つかっておらず、捜査員を増員、追跡範囲を広げる方針でさらに強化し・・・

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