takao_story

普段は外資系IT企業で営業をしており、趣味で小説を書いています。

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最近の記事

バタフライ・エフェクト

「ブラジルで蝶が一回羽ばたいたことが原因でアメリカのテキサスでハリケーンを引き起こすか?」誰かに語りかけられたような気がして、私は目をさました。身体中に汗をかき、呼吸がわずかに乱れていた。   * 【バタフライ・エフェクト】:ある系の変化が初期条件に極めて鋭敏に依存する場合に見られる、予測不可能な挙動のたとえ。もとは、米国の気象学者ローレンツが一九七二年に行った「ブラジルでの蝶の羽ばたきがアメリカのテキサスに竜巻を引き起こすか」という講演の演題に由来する。大気の対流が決定

    • 最果ての食堂

       外は風がひたすら吹いている。今日はいつもより風が強い。日が沈みそうになる少し前、ジャック氏は小さく細い身体で両手いっぱいに、抱えきれないほどの食材を運んできた。 「ジャックさん、毎日すまないね。美味しい食材を運んできてくれて」ジャック氏が運んだ食材を受け取ったクイーン氏は早速キッチンに向かった。クイーン氏はコック帽をかぶり、エプロンを付け、慌ただしく調理の準備を開始し始める。 「何言っとるんですか。クイーンさんの作る料理は世界一ですから。毎日食べられてわしは本当に幸せですよ

      • 指のさきからボールが離れるとき

         いつにも増して、スタジアムはどよめきと歓声に包まれていた。  かつて一世を風靡し、「鬼殺し」というあだ名をつけられた名投手、楠木繁は、引退試合の先発マウンドに立っていた。  時刻が十八時になるのを確認すると、楠木は一つ大きく、ゆっくりと息を吐いた。  球審の岩本は、楠木が新人時代から酸いも甘いも経験している、キャッチャー以上の存在に思えるほどであり、二十年以上の付き合いだった。  球審が試合開始の合図を告げる。チームはすでにシーズン負け越しが決まり、シーズン終盤の消化試合と

        • シャッター

           活気のある、地元の人たちが使う分にはちょうどいい、こじんまりとした商店街の端に、全く開かないシャッターが一つあった。   看板はなく、何のお店かは分からない。他の商店と同様、家と店が合わさっているように見え、家として使われていることは間違いない。しかし、商店街にひらかれる形でシャッターがあるということは何かのお店なのか、それとも過去そうだったのかのいずれかだろう。  開かずのシャッターのはすむかいの青果店に住んでいる少年は二階の自室から毎朝、毎晩とシャッターが開いていないか

        バタフライ・エフェクト

          タイム

           毎週土曜日の夜、きまって行きつけのお店で私は一人飲みをする。カウンター席に座り、一杯目こそビールを頼むものの、二杯目からは、事前に焼酎のボトルを入れているため、水割りセットを頼むことにしている。これが安く済むのだ。   一人飲みが板についてくると、いつの間にか周りの風景に自分の五感が研ぎ澄まされていることに気づく。  七月に入ると本格的に梅雨が始まり、蒸し暑い日々が続く、今日はそんな蒸し暑さに辟易とした人々が集まっているだろう、七月上旬のとある土曜日である。  夜の八時を過

          ぼくのほそ道

           ぼくが子供のころ、小学校の図書室で偶然、松尾芭蕉の「おくのほそ道」を読んだことがある。  と言っても、ぼくは今も子供だ。ぼくは小学校六年生で、それを読んだのはほんの二年前の話だ。古語とか昔の言葉はよく分からないけれど、本には今の言葉で分かりやすく訳がつけられていたので、ぼくでも読むことができた。  図書室に置いてある「おくのほそ道」の本は、ぼくの他に借りていた人が一年で二人しかいなかったのが印象に残っている。  ぼくが読んだ限りでは、松尾芭蕉は俳句で有名だが一方で、旅人とし

          ぼくのほそ道

          くれよん

           東京で働き始めて数年が経ったある日、風の噂で、地元で長く続いていた駄菓子屋の〈くれよん〉が閉店するらしいと知った。  仕事に忙殺され、普段なら何も気にしない類の情報だったが、しばらく頭の片隅で気になっていた私は調べてみることにした。どうやら、数日後の土曜日の営業が最後だという。  地元は宮城県仙台市だが、関東の大学を卒業し社会人の今まで東京で暮らし、地元の友人がほとんどいなかったのもあり、まともに帰省をしていなかった。  私は、ぼんやりと小学生の頃、毎日のように〈くれよん〉

          くれよん

          デジタルトランスフォーメーション

           仕事がスムーズに進まないことにわたしはいつものようにイラついていた。  都内に本社を構える大手物流会社のとある営業部に務める事務職のわたしは、数メートル先にある、空席の部長席を見つめてまた一つため息をついた。「まさみさんも大変ね」隣の席から年齢が少し上の三十代後半、先輩事務員の今井さんが小声で励ましてくれた。 「ありがとうございます。いつものことなんですけどね」苦笑いを浮かべ、PCのモニターに目を移し、臼井部長から丸投げされていたあらゆる書類の入力を再開した。「わざわざ手書

          デジタルトランスフォーメーション