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【創作童話】冒険の始まり・後編

明け方近く。
まだうす暗い丘の上には、ひとつの人影がありました。
ブランコにのってゆらゆらとゆれています。
「なんだろう。」
ウーカは、ちょっとどきどきしながら、その人影へと、しずかに近よってみました。
そこには、ひとりの少年がブランコにゆれながら海を見ていました。
ウーカと同じくらいの年だけど、島では見かけたことがない知らない少年でした。
ウーカは、話しかけてみようかと思いましたが、どう声をかけようか迷ってしまいました。
そうしていると、少年の方が、ウーカの気配に気がついたのか、すっとふり向きました。
そして、ウーカを見ると、しずかにブランコを止めました。
「来たんだね。」
少年の声は、とてもやわらかい声でした。
少年は、なんだか、ウーカが来ることがわかっていたようでした。
髪の毛がきみどり色の、なんだか不思議な空気がただよう少年。
初めて会ったのに、なぜか、初めての気がしませんでした。
「えっと・・、わたしがここに来ることをわかっていたの?」
ウーカは、うまく言葉が出てきませんでした。
しかし、少年は、口もとを少しにこっとさせました。
「うん、わかっていたよ。」
「どうして?」
「そろそろ、君が、出発するころかなと思っていたから。」
「えっ・・。」
ウーカは、心の奥底をトンとつつかれた感じがしました。
幼いころの記憶が、トントントンとおとずれます。

ウーカが、初めて世界地図をひろげたときの記憶。
地図には、たくさんの島、大きな陸、広い海があって、いろんな世界がかかれていました。
ウーカが暮らすこの島のほかにも、たくさんの世界があるのです。
「行ってみたいな。」
心の中に、ぽっと小さな光が灯りました。
見たことのないこれらの世界には、とてもすてきなことがあるように思えました。
でも、ふっと、ウーカの中に、”いやな想像”がおりてきました。
知らない世界に行ってしまっても、
海におぼれたり、怖い動物に追いかけられたりするかもしれない。
おなかが空いたり、さびしいことがあるかもしれない。
いやな想像が、頭の中でぐるぐるといっぱいくり返され、
「ずっと暮らしてきたこの島から出ていくなんて、わたしにできるわけないわ。」
そうやって、ウーカの心は閉ざされて、灯った光は、奥底に沈められてしまいました。
そして、閉ざされた心のとびらは、一度も開くことはありませんでした。
それでも、光は心の奥底で灯ったまま。
海の向こうのことを思うと、沈んでいるはずの光はふくらんで、とびらの外にとび出そうとします。
そして、カタカタ、カタカタと、なかなか開かないとびらをふるわせるのです。

気がつくと、少年は、ブランコから立ち上がっていました。
ウーカのことをじっと見つめて、まるで、ウーカの心の中まで見ているかのようでした。
それでも、ウーカの頭の中では、やっぱりいやな想像がじゃまをします。
ウーカは、だまったままでした。
そんなウーカを見て、少年は、小さく笑いました。
「もう、朝だよ。」
はっとして、海の向こうを見ると、空がほんのりと明るくなっていました。
少年は、気持ちよさそうにしていました。
「知っていたかい? 朝の光は、いやなことを”ちっぽけ”にしてくれるんだよ。」
朝を迎えようとしている空は、淡いピンク色とうっすらとした青色でグラデーションにそめられていて、とてもきれいでした。
今まで見た空のなかで、いちばんきれいな空でした。
「わたしの知らないところには、いろんな”いちばん”があるんだろうな。”いちばん”の上にも”いちばん”があって、もっともっとすごいことが、たくさんたくさんあるんだろうな。」
ウーカの心の中が、きれいで、明るくて、さわやかな、とても気持ちのよい色にそめられていきます。
いやな想像は、ウーカの想像の中にあるもの。
いろんな”いちばん”は、ウーカの想像の外にあって、ぜったいすごいもの。
ウーカは、ずっと気になっていたいやな想像が、とてもちっぽけなものに思えてきました。
そして、ちっぽけに変わったいやな想像は、しだいに、とけてなくなりました。
すると、
カタカタ、カタカタ、
ずっと閉じられていた心のとびらが、音をさせながら、開き始めました。
ウーカは、すっと体をのばし、顔をあげました。
でも、「・・あれ?」
となりを見ると、さっきまでいたはずの少年は、いつの間にかいなくなっていました。

なぞの少年。
でも、ウーカになにか不思議な力を与えてくれたような気がしました。
そして、ウーカは思いました。
「海の向こうへ、行きたい。」
そのときです。
すっとやさしい風がふきました。
すると、どこからともなくアミがやって来ました。
アミは、とてもやさしい表情をしていました。
そして、
くいっ、くいっ、
いつものように、背中にのるようにさそってきました。
ウーカは、とびきりの笑顔で、「うん!」とうなずきました。
「いつも、となりに、いてくれたんだね。」
いやな想像のせいで、見えていませんでした。
ウーカには、いっしょに冒険をしてくれる大切な仲間がいたのです。
ウーカは、アミにかけ寄りさっととびのりました。
アミは、嬉しそうに笑って、大きな翼を静かに広げ、ふわっと、とび上がりました。
ウーカは、アミの背中から落っこちそうになり、思わずぎゅっと目をつぶりました。
風をびゅうびゅうと感じます。
アミの背中はぐらぐらしていて、風で吹きとばされそうでした。
ウーカは、目をつぶったまま、アミの背中に両手でいっぱいしがみつきました。
すると、アミの体から、あの少年の声が伝わってきました。
「目を開けてごらん。」
アミがいっているのか、少年がいっているのか、よくわからなかったけど、ウーカは、聞こえてきた声のとおり、そぉ~っと目を開きました。

目を開くと、光がとび込んできました。
力強く登ってきている白い朝日。
暗かった空に光が広がり、海もきらきらと輝いていました。
まるで、新しい世界を見ているようでした。
「朝日って、わたしを新しく生まれ変わらせてくれる力があるのかも。」
そんなことを思って、ウーカはくすっと笑いました。
大きく開いた心のとびらから、光があふれています。
ウーカは、光がからだ中に広がっていくのを感じながら、朝日に向かってとんで行きました。
さあ、ウーカの冒険の始まりです。

おわり


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