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死にたい時に書く話 職場編

死にたかったのに

30分前までは

ここ数日は、穴の空いた風船のように生きる希望が萎んでいきます
同じように、死ぬ元気も萎んでいくので
ベランダに出ることもままなりません

お仕事について

私は無職になってもう半年ちょっとになります
抑うつでホテルの接客業を辞めて
現在は傷病手当で生活しています

そのホテルは
単純に拘束時間が長くて低賃金だったり、忙しい時期は20連勤したり、悪口ばかりの社内の人間関係だとか、酷いところもたくさんある場所でしたが
それでも私は3年半ほど、高校を卒業してから働き続けました
勉強になったことも、大好きなところも間違いなくあったからです

ある朝、仕事に向かおうと
着替えて髪をセットして玄関まで向かうと
涙が止まらず、体が震えて動かなくなりました
前日はお休みで、数日前まで嫌でもちゃんと働いていたのにも関わらず
そんなことが起きました

私は一度、胸の痛みや息苦しさが原因で、内科を受診した際、何も問題ないことがありました
友達が、精神科で落ち着く薬をもらっている話を聞いていたので
精神科に直行

詳しく何があったかは置いておいて
私はその日、抑うつと診断され
お薬と診断書を受け取りました
その紙切れは
2週間は確実に休める金色のチケットに見えました
車の中で破り捨てようかと思った程に
2週間の休みはあまりにも重く、周囲への迷惑を考えるとありえないものでした

結局、通院を続け
2週間休んでも1ヶ月休んでも
一向に震えは治らず
会社へ迷惑をかけている
という考えが頭をグルグル回り
出勤した場合の周囲の目線がどんどん怖くなり

上司から「もう辞める気なんだよね?」
と電話で言われた時
私はあの日、会社に行けなかったあの時から
自分の中には、もう辞める選択肢しか無かったのだと思いました

退職の手続きを済ませ
お世話になった先輩方や後輩に、挨拶へ
行きましたが、1番親しかった人ほど
思い切り、空気として扱われました
後輩に至っては会話すらできませんでした

被害者ではなく、加害者として扱われた最後の挨拶の日が、私にとって1番衝撃的で悲しい出来事でした
どこかで、最後は笑顔で送り出してくれるなんて期待していたからでしょう

しかしきっと
この対応も間違いではなかった

口を開いたら、もっとひどいことを言ってしまいそうになるとか
病気と診断されている人に、なんと声をかけていいかわからないとか
単純に忙しくて余裕が無かったとか
理由は分かりませんが、無視するしかなかった理由がそれぞれあったのだと今は思っています
私も同じく、辞めるしかなかったのと一緒ですよね

それはそれとして、ちょっと空気感が違いすぎて怖かったので普通にトラウマにはなってます
思い出すと普通に辛いです


そんなトラウマも抱えつつ、お薬も続けつつ
今をなんとか生きています
根本原因から離れ、震えなどの症状は改善しました
が、仕事で自分の時間が無い日々を過ごしていた私は
なんだかポッカリした時間をすごし
結局今の今まで何も手につきませんでした
これについては反省しています
傷病手当を受け取りながらでも、なんか勉強とかしておけばよかったものを…

仕事を辞めて半年ちょっとの今
ようやく、資格勉強を開始し
まだゆっくりペースですが、社会復帰に向けて動き出しています
社会復帰したところで、おそらく死にたい気持ちに変わりはないのでしょうが
少しは、死ぬまでのエネルギーを有効活用できるようになってたらいいですね

おやすみなさい

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