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私は君を弔う言葉を知らない

二十歳にもならない人間が死んだことについてずっと考えている。

年下のお通夜に行く機会なんて、あるとしても到底先のことだと思っていた。
6月半ば、知人が死んだ。
たった19歳だった。

今年の4月に初めてお会いした彼の印象は、場を明るくすることに長けている“底抜けに明るい”少年だった。
モデル(被写体)と劇団をやっていて、ファッションやメイクに造詣の深い少年。
私の認識はそれ以下でも以上でもなかった。
それから約2ヶ月、結局たったの2回しかお会いする機会はなかった。
ただ、たまたま一緒に参加する企画を控えていた矢先のことでもあった。

突然の訃報にただただ混乱した。
そういうものだと思う。
「わからない」しか言葉にならず、たった2回しか会ったことがなかったくせに一人で部屋で長い時間泣いていた。
死から目を逸らすことができなくて、ただその飲み込めなさに狼狽えていたのだと思う。

喪服の鞄や靴を家の中で探して揃えたり、香典をいくらにするかどうするかなんかを他の同伴者たちと一緒に考えているうちに日曜の夕方にはお通夜に向かっていた。
たまたまちょうど同じタイミングで葬儀を経ずに火葬をしてしまう「直葬」が話題になったが、葬儀は一連のよくできた儀式だと思う。
参列者が軒並みスーツもまだ着慣れないような若い子たちばかりでそれもまた心が痛い光景だった。

御焼香の後、式が終わってからお顔を少し拝見して、葬祭場を後にした。
焼香の時に顔を上げると、満面の笑みで両手でピースする彼の遺影が“底抜けに明るく”て、思わず息が詰まった。
また、わからない、と思った。
大往生でもなければあまつさえ二十歳にもならずにあっちに行ってしまった人間が、そこにある棺桶に入っている事実がよくわからなかった。
19歳のご遺体なんて、直視できなかった。
目を逸らしてしまった先に棺の上に乗った一冊の文庫本があったが、その瞬間の私には短いタイトルの文字すら認識できなかった。
母親と思しき女性の嗚咽が延々と聞こえていた。

先月、共に参加する企画の下見に行った先の会場に、シャネルの空きケースがディスプレイの一部として飾り付けられていた。
メイクを嗜む彼は「シャネル!あー欲しいなー」なんて私の隣に座って笑っていた。
初対面の時あまり話すことができなかったと思っていた私は、在廊中にお喋りできるかなと思っていた。
本当は、すごく仲良くできると思っていた。
写真に撮られることの多い彼に、私の知り合いの素敵な写真家さんを紹介したかったし、メイクの話ができる少年との、彼とのお喋りは絶対に楽しいはずだった。

たった2回しか会って話したことのなかった私は、正しく彼を弔う言葉を知らない。
どこで住んでいたのかも知らないし、本名も、名前の漢字だって葬祭場の前に出ている表示で初めて知った。
そんなことってあるか。

本当は、先を越された気分だった。

先月からクレジットカードの解約について調べていた。
ものを売ったり捨てたりする準備をしていた。
印鑑や保険証をまとめて部屋を片付けるつもりだった。
手持ちのお金がたまたま今月底をついていて、支度にかかるお金が手元に来る時期を待っていた。

私の育った家庭は心療内科や精神疾患等に強い偏見がある、それゆえ私はいついかなる時もそれらを受診をしたことはないし、同時に診断を受けたこともない。
私は「悩むと怒られる」と思っていた。
「悩む自分」をなるべく誰かに見せてはならない。
悩んでいる自分は他人にとって不快なものだ、だから隠さねばならない。
そう思ってきた。
友人にこれを話すと「悩む権利を与えられてない感じか」と表現した。
悩む行為を権利として捉えたことはなかった。
言い得て妙かも、と思った。
悩む自分をかろうじて自覚的に見せられる相手は貴重だった。
拒絶されると、またひとつ閉塞していくことになった。
私だって本当はとっくにそうしたかった。
死に焦がれる余り自分の御位牌と仏壇を作品として自作した。
骨壷には髪の毛を入れた。
自分で自分を供養することをテーマにした作品を作ることは何度もあった。
恐らく私は未だに正しい悩み方ができない。
願わくば、せめて生涯悩むことに健全でいたかった。

「ご冥福をお祈りします」の言葉にはなれなかった考え事がまだずっとここにある。
相応しく彼を弔う言葉を私は結局持ち合わせていない。
君は取るに足りない記憶の中に捕まって、たった2ヶ月の末に死んでしまった人間として永遠に残り続ける代わりにそれ以上にもそれ以下にもなれない。
もし私たちが生き長らえたら、君はいつか記憶からこぼれ落ちる人になってしまうだろうか。
君は。
それを今更悔やむこともできないし、選んでしまったのも君で、紙一重だった私とも今は随分隔絶されてしまった。
わからない。
これっぽっちも君と変わらなかったはずなのに。
君は。
永遠に交差しないままの人生をすっかり持って行って。
たった19年のあまねく奥行きの前で私の想像力はあまりにも非力だ。
私は君を語る言葉を知らない。
残されたからと言って、全うする生を確約なんかできない。
けれど私は君に「ご冥福をお祈りします」とは、とてもじゃないが、言えない。


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