自分をやっていくしかない
いろんなことを経て、また「自分をやっていくしかない」という気持ちが沸き上がっている。
何かに頼ってみたり、協定を結んだりしても、バランスを取ろうとしても、けっきょくは自分で自分をやっていくしかない。自分以外の人はいつ変わるかも、いつ気が合わなくなるかも分からない。自分と、そのとき「いいね」って言ってくれる人たちを見ながらやっていくしかない。
占いのお客さんや、いつもnoteを読んでくれる人、小説をブックマークしてくれる読者さん。わたしはそういう人たちと自分のアンテナを信じて生きていきたい。
最近好きになったアイドルが、窮屈な環境ながらもかなり「自分」を強く信じながらやってきた人。自分を信じたからこそまわりには反抗的に映り、少し遠回りをして、やっと活躍している人。
この人に惹かれているのは、「自分」の強さをプラスに使って道を切り開いてきたからだ。結果論でしかないけどね、と本人は語っていたけれど、結果を示してるんだからそれはその人にとっての正解だ。
ロールモデルといったら大げさかもしれないけど、生き方を参考にしたい。
その人は確実に「自分」を積み上げて、実力をつけて、見てくれる人を信じて活動してきた。我が強いけど、優しさもかわいらしさも備えてるから、そこは両立できるんだと思う。それも希望になる。
30代になってから3ヶ月。明確な「変わったこと」はないけど、「自分ってやっぱりこうだよね」「自分ってけっきょくこうだよね」と以前よりも強く思うようになった。視野が狭いというよりは、決めることによる強さを手に入れた感じ。
わたしは「自分」をやるしかなくて、少し地下っぽいところ(占いや官能小説)で生きていくのが合ってて、たとえ人の輪の中で浮いたとしても、そのまま矯正せずに素直に生きるしかないってこと。
「朝起きられない」みたいな怠惰さは直した方がいいけど、集団の中に馴染みにくいことや小さなトラブルでも許せなかったらもう無理になることは、そうそう変わらないし、きっと変える必要もない。
「自分」を受け入れながら、平気なところを探しながら、でも努力は忘れずに道を切り開いていくしかない。平気な場所探しは努力とセット。平気な場所探しだけをしてたらそれは、逃げになってしまう。
「◯◯しかない」って言葉は視野が狭いような気もするけれど、何かを決めなければ深くは掘れないので、覚悟の意味も込めて「わたしには◯◯しかない」と思い込むのはいいことだと思う。
「泥臭い努力」と「魂を売ること」って、たまに見た目が似てる。泥臭い努力はしたいけど、魂を売ることはしたくない。何かを始めるか迷ったときには、「それは泥臭い努力なのか?魂を売ることなのか?」と自問したい。定義はないけど、問いかければ答えは浮き上がってくる。
自分の欠点の中でも、好きなところは大切にしたい。わたしだったら永遠の厨二病であることや人の輪に馴染めないこと、許容度が低いこと、好き嫌いがあることなど。社会の中で生きるには、欠点にされがちだ。
でも、だからこそ出会える世界や人、共感、感じられる気持ち、やれることもある。
とにかく自分をやっていく。良くないのは、他者の流れに飲み込まれること。身近な人の考え方をトレースして、思ってもみない行動を取ってしまうこと。
長い月日を経たあとにハッと気づいて後悔したり、人のせいにしたりしたくないからね。今からでも自分をやるしかない。
自分をやっていく。魂は売らない。泥臭くやっていく。人との関係性は大切にする。
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