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「好き、だからやる」。知識ゼロで飛び込んだバイオベンチャーで、微生物と世界を変える

10%の第1回は、バイオベンチャーの「ちとせグループ」マネージャー、柳町みゆきさんのインタビューをお送りします。10年以上貫いた化学の道からバイオ領域への転向、書籍化もされたオーストラリア横断旅、微生物好きが高じて挑戦したイギリスでのビール修行……などなど、臆せずご自身の「やりたい」に飛び込まれてきた柳町さん。そんな行動力の根底にある考え方に迫りました。

ミクロでマクロを変えてゆく

ーーはじめに、柳町さんのご職業や仕事内容について教えていただけますか?

ちとせグループというバイオテクノロジーのベンチャー企業で、発酵事業のマネージャーを務めています。

発酵食品は身近なものだと味噌や納豆、日本酒などがありますが、これらは微生物のはたらきで作られています。微生物、つまり生き物を活用した発酵のコントロールはとても難しく、経験豊富な職人の腕やセンスにかかっているのが現状です。

そこでちとせグループが開発したのは、AIを使った発酵マネジメントシステムです。匂いや色、見た目に関する「職人の感覚」をデータ化することで、人間の判断を介さずに効率よく培養できるようになります。

私のミッションは、お客様とのコミュニケーションを通じて技術のブラッシュアップに貢献することです。「微生物でこんなものが作りたい」というお客さんに最適なAIシステムを提案し、共同プロジェクトを立ち上げ、管理していくのをメインの仕事としています。

ーー発酵に、そのようなテクノロジーの活用余地があったのですね。他にも手掛けているプロジェクトはありますか?

「MATSURI」というプロジェクトで、「微細藻類」の用途開発にも関わっています。あまり身近でないかもしれませんが、光合成を活用してさまざまな有機資源を効率よく生成できるのが微細藻類です。油やタンパク質などの生成効率が植物と比べても格段に優れており、脱化石燃料が叫ばれる今、とても注目されています。

そんなMATSURlは、ちとせグループの一大プロジェクト。「微細藻類を基盤とした社会」を作り出すため、さまざまな業種と協業して技術を開発し、藻類由来の産業の構築を推進しています。NEDOのグリーンイノベーション基金事業に総額500億円規模のテーマが採択されており、現在80社以上の企業や自治体が参画しているんですよ。

柳町さんが所属する食品部門が手掛ける、微細藻類を使ったマヨネーズ「エコマヨ」。健康にも環境にも優しい

「得意」と「好き」の天秤

ーー発酵に微細藻類に、多方面からバイオ事業に携わっているのですね。学生時代からバイオが専門領域だったのですか?

実は、大学から新卒時代までは化学が専門でした。幼い頃から理科が得意だったのですが、中高時代は特に化学の成績が良く、その延長で大学の専攻も決めました。

ただ、領域が変われど、軸はずっと一貫して「環境に良いことをしたい」思いなんです。10代の頃から環境意識が強く、「地球を汚しながら生きる自分への違和感」が常にありました。なので大学から大学院にかけて取り組んだのは、エコな素材作りの研究です。

なかでも大学院時代に取り組んだ生き物由来の素材作りには、特に納得感がありました。そして、「生き物って面白い」と強く感じたのがこの時です。

新卒はJT(日本たばこ産業株式会社)で、たばこの煙の香り成分を分析する研究職に就きました。大学院で芽生えた生き物に対する関心も持ちつつ、得意分野の化学で役に立ちたい思いが強かったんです。ちとせグループに転職するまで、6年弱勤めました。

ーー興味があったバイオ領域ではなく、得意を活かせる化学を選ばれたのですね。

当時の判断基準が「社会や人の役に立つこと」だったからだと思います。昔から「役に立ちたい」「人を喜ばせたい」という感覚が強かったですし、「短い人生、弱みを潰すよりも強みを伸ばす方が役に立てるだろう」とも考えていました。

ーーそこから、ちとせグループへの転職に至った経緯は?

価値観が変化し、純粋な「好き」に飛び込みたい気持ちが強くなったからだと思います。化学分野の研究職はとても楽しかったですが、今思えば、限られた「得意」の枠の中から「好き」を見出していたように思います。得意なことで役に立ちたい、人の喜ぶ顔が見たい、という気持ちの裏には、どこか義務感もあった気がするんです。

ただいつからか、心からワクワクする「好き」をやった方が、自分も周りもハッピーになれるんだと気づいたんですよね。バイオの知識や分野への理解はほぼゼロでしたが、とにかく直感的な「やりたい!」という気持ちに突き動かされて飛び込みました。

ーー大きなマインドチェンジがあったのですね。価値観が変わった具体的なきっかけはありますか?

海外を旅する中で、「今自分がしたいことをしている人たち」に出会ったことですね。

私は今まで25カ国ほど訪ねているのですが、特にマインドチェンジのきっかけになったのが、2018年に挑戦したオーストラリア横断です。西から東に3,000km旅をしたのですが、そこで出会った人たちが、本当に自由で多様な生き方をしていたんです。会社に勤めていない人もいました。

なんだか日本にいると、「見えない将来」のために生きている感覚がありませんか。老後のための貯金、健康を保つための運動……義務感で行動している人が多い気がします。

一方オーストラリアで出会った人たちは、義務感ではなくて本能で生きているようで、私が「好き」に飛び込む勇気とインスピレーションを与えてくれました。

他にも海外つながりでいうと、昨年は微生物をさらに極めたい思いから、ビール醸造を学びにイギリスに留学しました。ビールも日本酒と同様、微生物の力を借りた発酵食品です。留学中は、レシピを考えて自分でビールを作れるようになるための研修を受け、最終試験になんとか合格し、資格も取りました!

ビール留学中の様子 オリジナルのビールも開発した

ーー微生物愛の行き着く先が、なんとビール留学なのですね……!

元々「超ビール好き」というわけではなかったのに、気づけばのめりこんでいました。今年の個人的な目標は、自分のビールをリリースすることです。

個人的な夢なのですが、「発酵」を通じて、微生物と暮らす体験を届けたいと考えています。たとえばビールは「微生物」を「飲んで」いますが、そんなことを考えながらビールを飲む人はそう多くないと思います。野菜を食べるのも微生物を食べるのも、「生き物を口にする」点では同じです。微生物をもっと身近に感じてもらいたい、と考えています。

「好き」を探索し、突飛に突破

ーーオーストラリア横断、微生物を学ぶためのビール留学、行動力が並外れていますね。

どれも直感なんです。行動が行動を呼ぶといいますか、定期的に海外に行っていたおかげで俯瞰した視点を持てましたし、日本という枠にとらわれずに行動できたのだと思います。

いつも、「自分は自分の作った枠におさまっていないか?」と考えるようにしています。例えば、今いる組織やコミュニティ、常識、固定概念……などです。社会人だったら、「会社のため」に生きている感じでしょうか。

新卒時代の私も、上司に認められたい、役に立ちたいという思いが強かったので、すごく気持ちは分かります。けれど本来、会社は自分が目指す生き方をするためのツールにすぎないはずです。会社の中に目線も考えもとらわれてしまうと、いつの間にかその「枠」が貝殻のように分厚くなり、どんどん外が見えなくなってしまうのだと思います。

理系の学問や職業にも同じことが言えます。細分化した分野を専門として極めるうちに、「自分はこれで行くんだ」「こういう人間なんだ」と思い込んでしまい、それ以外が見えなくなりがちだと感じます。

ーー専門を極めて尖っていくことこそ、理系のあるべき姿だと思っていました。「広げていくべき」という見方もあるのですね。

専門の他にも、「好き」の可能性って広がっていると思うんです。しかし思い込みで考えや視野が狭まってしまうと、その「好き」の可能性に気づくこともできない。

なので普段から、「本当は何が好きで、何がしたいか」と、能動的に自分について考えて答えを見つけようとしていることが大切だと考えています。

ーー「好き」を見つけるのも簡単ではないと感じてしまいます。何かヒントはありますか?

シンプルですが、自分と向き合い、好きを問う時間を作ることでしょうか。最近はSNSや動画サイトなど、簡単に時間を消費できるツールが溢れていますよね。そのためひとりの時間があったとしても、深く考えることなく簡単に時間を潰せてしまう。そのせいもあってか、自分と向き合う時間を意識的に作れている人はとても少ないように思います。

大学生であれば、自分が少しでも気になることをバイトにしてみる、というのもありかもしれないですね。小さなことでも、まず自分の「好き」の種とつながりそうなことをやってみることから始めてみて欲しいです。

とは言いつつ、私がバイオの世界に飛び込んだのも29歳の時でしたし、「好き」がすぐに見つかるとは限りません。だから焦る必要は全くなく、やりたいことが見つかった時にすぐ飛び込めるよう、自己研鑽をして準備しておくのもとても大切だと思います。

ーー時に突飛にも思える目標や夢に対してでも、果敢に挑戦できるのはなぜですか?

実は、自分自身ではこういった行動をあまり突飛なことだとは思っていないんです。周りに突飛な挑戦をする人がたくさんいるおかげか、自分が特別だとは感じないですし、挑戦のハードルが下がっているように思います。

ただたしかに、「実際にやる勇気」がある人って限られていますよね。「将来は海外に住みたい」と言う人たちの中で、本当に移り住むのはごく少数だったり。だからこそ今の若者には、どんな大きな夢も口にして飛び込んでほしいと思いますし、私もそんな姿を背中で見せていきたいなと思っています。

微生物は、何兆もの小さな友達

ーー他にも、若者に伝えたいことはありますか?

個人的な体験から来る願いなのですが、自分という個の存在を尊重して強く生きられるような、「孤独力」を養って欲しいなと思っています。

私はもともと人に教えることが好きで、家庭教師のバイトや高校生の海外研修の引率など、子どもと関わる機会が多くありました。ですがそうした中で出会う子どもたちは、どこか孤独や寂しさを抱えている子が多いように感じてきました。

実は悲しいことに、日本の自殺率は世界でもトップレベルに高いんです。特に若者の自殺の現状は深刻で、私はその原因の一つが、根幹の部分にある孤独感があるのではないか感じています。

そしてその孤独感を癒すヒントが、微生物にあると思うのです。私たちは体内にたくさんの微生物を飼っていて、本当はひとりぼっちではない。微生物と共に生きている感覚が養われたら、ひとりの時間を愛せるようになって、「孤独力」が培われていくのではないか、と考えています。

微生物の存在と魅力を伝え、それを通して子どもたちの孤独な気持ちを救うこと。私が死ぬまでに成し遂げたいことの一つです。

柳町さんの思う、「自立した優しい挑戦者」とは

ーー最後に、柳町さんの考える「自立した優しい挑戦者」像を教えてください。

まず「自立」の条件は、「ひとりで考えられること」だと思います。「孤独力」にも通じますが、本当に自分と向き合うとき、自分の心と会話するときって、絶対にひとりなんです。人の意見を聞き入れたら、それは本当の意味で自分ではなくなってしまう。ひとりで考え抜いた人こそ、心の底からやりたいことを見つけて、納得して取り組めるのだと思います。

また「優しい挑戦者」については、そもそも何かに挑戦している時点で「優しい」のではないか、というのが私の意見です。世の中の課題を解決したいという思いで向き合っているわけですから。

その上で強いて言うなら「他人のモノサシでないこと」は大切な要素かな。これは、「誰かのために挑戦してはダメ」という意味ではありません。社会的な名誉や見栄のためではなく、自分の心のうちから真に湧き出る思いで挑戦ができる人のことです。たとえ誰かに否定されても、成功しなくても、立ち上がり、前に進むことができるかどうかですね。

最後は、自分の殻を破れる人であること。固定概念や偏見に対してハッと気づいて、そこから自分の覚悟を持ってその殻にぶつかって開くことができるかが大切だと考えています。殻が分厚くなればなるほど、破ることは難しくなってしまいます。そして視野や考えだけでなく、自分自身の可能性までをも狭めていくんです。

やりたいことを見つけることも、勇気を持って挑戦することも、刺激的な環境で影響を受けることも、殻が厚いままでは思うようにいかないはずです。自分に向き合って、あなたが入っている枠と殻の厚さを確かめてみてください。

編集後記

「枠にとらわれず、勇気を持ってやりたいことに飛び出してみてほしい」と語っていた柳町さん。直感を信じて「好き」な分野に転向し、社会の構造から人間の精神的な側面まで、微生物の可能性をエネルギッシュに語っていた柳町さん。充実感の滲み出る快活な笑顔が印象的でした。

昔からよく聞いてきた「好きこそものの上手なれ」と言うことわざは、好きなことややりたいことに挑戦していく人たちに向けたエールなのかもしれません。「下手の横好き」とからかう人の声は、圧倒的な「好き」の熱量があればきっと耳に入ってこない。柳町さんのお話を伺い、そんなことを思いました。

(文・楢村璃子 編集・山崎真由)


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