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【R18】中編ミステリー小説 キラーチューン その歌を歌わないで(サンプル)

【あらすじ】
小夜子と海斗は、高校の同級生。ライブハウスで偶然知り合い、友達の美由紀と史郎とバンドを組もうという話になったけど、なかなか実現せず、海斗はデス・センテンスというインディーズの人気バンドにボーカルとして加入することになった。
 しかし、デス・センテンスのライブの打ち上げに参加した小夜子はトイレで複数の男に襲われかけ、インディーズバンドの楽曲配信に携わる稔に助けられる。
 小夜子が襲われた理由は、小夜子が里奈というデスセンテンスの元ボーカルの彼女で、ファンに憎まれていた里菜と顔が似ていて、勘違いしたファンに仕組まれたからだった。
 小夜子は海斗に告白され、つき合うようになるが、バンドの練習とバイトに忙しく、小夜子は誘われるままに稔とも会うようになる。
 そして、デス・センテンスのメンバーがひとりまたひとりと殺されていく…。

【本文試し読み】
 
1 デス・センテンス 
 僕らはみんな死んでいる
 死んでいるから腐るんだ
 僕らはみんな死んでいる
 死んでいるから蛆がわく
 
 手のひらを月光に透かしてみれば
 白くうごめく蛆虫たち
 
 このまま心臓が破れて死んじゃうんじゃないかってくらいに、速いツービートに乗って海斗が歌い始めた。熱いマグマのようにほとばしる言葉は、禍々しいくらいに堅牢なベースと、コードといってしまっていいのかわからないくらいに毒を含んだギターの音とぶつかって、瞬間的に冷却されて、鋭利な刃物になって突き刺さる。
 最初の一音から、総立ち。隣のブーツに、下駄を履いた素足を蹴られて、やっぱり洋服で来れば良かったなあと思う。あたしは赤の牡丹、美由紀は紫の菖蒲が染め抜かれている黒地の浴衣。二人とも、後れ毛を残してをルーズにまとめていて、ライブハウスではちょっと目立つ。
 
 海斗がデス・センテンスに入ってから、三度目のライブなのに、十年前からそこで歌っているみたいに、すっかりバンドに馴染んでいる。いや、馴染んでいるんじゃなくて、反目し、執拗に小競り合って、音をねじ伏せて君臨している。虐殺を終えた独裁者がひとりで開ける極上のワインみたいな声。
 今日は志郎は来ていないんだろうか。ふと気になって、曲の途中なのに、美由紀の耳元で怒鳴った。
「志郎は?」
「え?」
 伝わらなかった言葉をもう一度ゆっくりと、美由紀の耳の穴に流し込む。唇が耳たぶに触れた。美由紀の肌はどこもかしこも白くて柔らかくで、近づくと杏みたいな匂いがする。
 高校二年のクラス替えの日から一ヵ月間、私は美由紀のまっすぐな黒い髪と、作りたての砂糖菓子のような右耳ばかり見ていた。美由紀は私の左斜め前に座っていたからだ。美由紀は大人っぽくて、大人っぽいのに可愛くて、女の子女の子していて、見ているだけでなんだかどきどきした。もしかしたらあたしは女の子が好きなのかもしれないと思い悩むほど、見てはいけないと思うほど、美由紀のことばかり見てしまっていた。
 初めて話しかけられたときのことまで、鮮明に覚えている。
国語の授業で漱石の夢十夜を読んだ。百年待ってくださいと言って、綺麗な女の人が死んでしまう話だった。先生が教科書を読むのを聞きながら、私はやっぱり美由紀の右耳を見ていた。百年間ずっと、あたしは美由紀を見続けるような気がしていた。授業が終わると、美由紀は席を立ってあたしのところにやってきた。
「吉田さんって、音楽好き?」
 何で私のこと見てるのって、咎められるのかと思っていたので拍子抜けした。音楽より、美由紀のほうが好きだ。でもそんなこと言えない。
「うん。好き」
 音楽のことなんて何も知らない。でも初めて美由紀に話しかけられ嬉しさに嘘をついた。
「よかった。それじゃこれ聞いてみて」
 そう言って、美由紀はあたしに二枚のCDを渡した。一枚は地獄を描いたような細密画、一枚は派手に化粧をした長髪の四人の男の子の写真が載っていた。
「ありがとう」
「吉田さんって、下の名前なんていうの?」
「小夜子」
「あたしは、美由紀」
 そんなこと同じクラスになったその日から知ってる、と、あたしは心の中でつぶやいた。
 
「志郎は、今日はバンドの練習なんだ」
 美由紀の声と杏の匂い。
 美由紀にCDを借りた日から、あたしは音楽を聞くようになった。二枚ともインディースといわれる、自主制作のCDだった。暗くて、重たくて、速くて、狂っていて、綺麗で、すぐに虜になった。
 美由紀に誘われて、ライブハウスに行った。何を着ていったらいいのかわからなかったから、シンプルな赤のワンピースを着ていった。持っている服の中で一番大人っぽいやつだった。美由紀は不思議の国のアリスみたいな、パニエでスカートをふわふわに膨らました黒のエプロンドレスでやってきた。美由紀は、小夜子ちゃんって赤が似合うんだね、今度一緒にお洋服見に行こう、と言って笑った。美由紀の笑った顔は、ちょっと情けなくて、グラスの中で溶ける寸前に丸くなった氷のように透き通っている。
 魔女のように着飾るコツはすぐに覚えた。たくさんのフリルやレースのついた甘い甘い服に身を包んで、道行く人々に、疫病神でも見るような視線を投げかけられるのが気持ちよかった。
 ある朝美由紀は、ライブハウスで時々見かける男の子たちが、うちの学校の制服を着て通学路を歩いているのに気づいた。
「あの、背の高いほうの子、かっこよくない? けっこういい線いってる」
 向こうも何か話しながらこっちを見ていたけど、声をかけられることはなかった。そんなことが何回かあって、ついにライブハウスの入り口で声をかけられた。ふたりは志郎と海斗といって、同じ高校の二年生だった。一緒にライブを観て、帰りにファーストフード店で話し込み、意気投合してカラオケに行った。海斗の歌は、ついさっきステージで歌っていたバンドのヴォーカルよりもはるかに心に響いた。高音に不思議な張りのある声だった。海斗はチビで、女の子みたいな可愛い顔を、髪の毛で半分隠していて、歌を歌わせるとすごく音域が広い。
 それから、あたしと美由紀と志郎と海斗の四人でつるんで、あちこちに出かけるようになった。最初は、バンドを組もうって話で盛り上がった。志郎はギターが弾けて、海斗は歌が歌える。美由紀は四歳からピアノを習っていて、音大への進学を考えているほどの腕だ。あたしは何もできない。男ふたり女ふたりのグループは、バンドを組むより、意味もなくファミレスに長居したり、ライブに行ったり、花火や海に行ったり、つまり何かを必死に目指すより、楽しく遊ぶことのほうに向いている。幸いなことに、誰もあたしをのけ者にして、ベースとドラムを探してバンドをやろうとは言わなかった。
 最初に痺れを切らしたのは志郎だった。去年高校を卒業した先輩たちのバンドから誘われて、そこでギターを弾くことになった。あたしは少し安心した。バンドなんか組まなくても、あたしたちは友達だよねって、志郎が証明してくれたみたいで嬉しかった。次に、海斗がネットで見つけてきたヴォーカル募集のオーディションを受けた、プロではないけど、ピンで有名どころのライブハウスを埋められるインディーズバンドで、でもバンド名は伏せられていた。
 海斗が入ったバンドが、デス・センテンスだった。美由紀によると、デス・センテンスのヴォーカルは、病気か何かのためにバンドをやめてしまって、しばらく活動していなかったらしい。美由紀が初めて私にCDを貸してくれた二枚のCDのうちの一枚がデス・センテンスのものだった。地獄絵が描いてあるジャケットで、曲のほとんどが死や殺人を歌ったものばかりだった。一度聞いたら絶対に忘れることができない、何もかも吸い込んでしまうような音。美由紀の一番のお気に入りだ。
 海斗がデス・センテンス入ると言うことを聞いて、美由紀はもっと喜ぶかと思ったら、困惑したような表情を見せ、それから静かに言った。
「すごく好きで、よくライブに行った。里菜っていう子といっしょに、ほとんど追っかけしてたな」
「じゃあ、また追っかけしよう。その里菜って子にも会ってみたいな」
 美由紀の顔が一瞬にして、今にも泣き出しそうな顔に変わった。
「里菜はね、死んじゃったんだ。中学を卒業する少し前に」
「死んだって?」
「うん。お母さんは事故だって言うし、そういうことになってるけど、たぶん自殺」
「なんで?」
「わからない。友達だったのに、何にも相談してくれなかった。悩みがあったんだよ。でもそれが何なのか教えてはくれなかった。親が離婚して、中三のときに転校してきたんだ。すっごく細くて小さくて、ごめん、小夜子には言ったことなかったけど、顔も背格好も小夜子にすごく似てるの。クラス替えしてはじめて小夜子を見たとき、里菜が生き返ったのかと思ったくらい」
 
 志郎は美由紀のことが好きだ。美由紀も多分志郎のことが好きだ。あたしは海斗のことが好きなんだろうか。好きかも知れないって思うことはあるけど、海斗とだけつき合うより、いつまでも四人で遊んでいるほうが楽しいような気がして、はっきりと何も言わないままだ。それでも、どこに行くにも、志郎の横には美由紀が、あたしの横には海斗がいる。それが当たり前のことだと思っていた。このままずっと。
「美由紀は今日の打ち上げ行く?」
「どうしようかな、今日は志郎も来ないし。ライブ終わってから考える」
 美由紀が来ないのなら、行くのやめようかな、と思う。ライブが始まる前に、知らない女の子たちが海斗のことを話しているのを聞いた。
「ねえねえ、新しいヴォーカル、可愛いよね」
「やだー、ちょっと趣味じゃないな、歌は上手いけど。狙ってんの?」
「狙ってる狙ってる。でも一緒にいる女ウザいよね」
海斗にまで、ウザいと思われる日は意外に早く来るのかも知れないと思って、ため息を吐いた。
 
 結局、美由紀とふたりで打ち上げに行った。美由紀はメンバーとも古いファンとも顔見知りで、なんだか楽しそうで、あたしは居心地がすごく悪かった。隣に座った誰かに、
「それにしても、本当に里菜にそっくりだね」
 と言われた。海斗は、よく知らない女の子たちに囲まれている。週末ではなかったので、居酒屋はほとんど貸しきりのような状態だった。
 トイレに行こうと思って美由紀を誘った。あたしが立ち上がり、美由紀が立とうとしたとき、誰かが美由紀の手を引っ張った。やっぱり意地悪されているんだ、あたし。ひとりで行って用を足し、化粧を直してから、ドアを開けようとしたら、いきなり何人かの男が入ってきて後ろから腕を捩じり上げられ、口を押さえられた。
「騒ぐと顔に傷が付くぜ」
 頬にひんやりとした金属の感触を感じた。恐怖に全身が凍る。

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