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Daydream

—2—

講義の終わるチャイムが鳴った。理穂は机に突っ伏したままの顔を上げてハッとした。生徒たちが次々に席を立ち、教室から出て行った。そのとき、理穂は後ろから肩を叩かれた。驚いて振り返ると、友人の美香が立っていた。
「理穂、起きた?もう、講義中ずっと寝てるんだもん。」
―講義中…?私、いつから講義受けてたんだっけ…。
「理穂?寝ぼけてんの?」
「…ねえ、美香。私、今日いつから学校来てた?」
理穂がそう聞くと美香が
「は?何言ってんの。普通に朝から学校来たじゃん。ていうか朝、途中から一緒に来たでしょ。」
と呆れた顔で答えた。理穂は混乱する頭を振って思い出した。
―そうだ、朝、美香と一緒に駅から歩いて来たっけ…。
それでも理穂の頭の中にある何かの引っかかりが消えない。大事なことを忘れている。大切なことを。でもそれは、ただの夢なんだろうか?講義中に眠ったから見た夢だろうか。時計を見ると11時50分だった。
「今日はもう午後の講義なしだから帰れるね~。あ、でも理穂はあれか…デート、か。」
美香は理穂を横目で見ながら笑顔で言った。理穂は思い出した、今日は弘樹と映画を観に行く予定のあることを。
「うん、そうだった。私、今日弘樹と…」
―弘樹…と?何だろう、弘樹がどうしたんだっけ…?
言いかけて止めた理穂に美香は
「理穂どうしたの?大丈夫?」
と心配そうな顔をして聞いた。理穂の頭の中にある微かなズレが理穂を混乱させていた。
―思い出さなきゃいけない、思い出さなくては…。
理穂は立ち上がると、自分の荷物を抱えて
「美香、ごめんね!ちょっと用事思い出したから!」
と言って急いで教室を出た。
「理穂ー?!」
美香の声を後に理穂は走って行った。

待ち合わせの場所まで。弘樹の元まで。急いで行って確かめなくてはならない、これが現実だということを。忘れていた理穂の記憶の断片が少しずつ、ズレている現実をかみ合わせていく。早くしないといけない。早く…。

駅の中は沢山の人でごった返していた。弘樹との待ち合わせの場所の改札前まで、理穂は急いで向かった。邪魔な人波をかき分けながら前に進んで行くと、改札の手前で見慣れた姿が目に映った。
「弘樹!」
理穂は大声で名前を呼んだ。けれどその声は雑踏の中に消えていった。
「弘樹!」
もう一度理穂は名前を呼んだ。それでも弘樹は気が付かずに、そこで理穂が来るのを待っている。そして理穂は妙な感覚を覚えた。どんなに人波をかき分けて前に進んでも、弘樹の居る場所に辿り着かない。必死に人を避けて手を伸ばしても、弘樹は気付かずにただ理穂を待っているだけだった。そのとき、理穂がふと思った。
―そうだ、電話…。
理穂は携帯をポケットから出すと、弘樹に電話をかけた。しばらく呼び出し音が鳴ったあと電話が繋がる。
「もしもし、弘樹?!」
理穂がそう言うと電話口からは弘樹ではない声が聞こえた。
『…言ったでしょ?夢じゃないって。』
その声に聞き覚えはあった。誰よりも知っている声、その声は理穂の声だったのだから。理穂は見ていた、改札前にいる弘樹が電話などしていない様子を。
―確かに弘樹にかけたはずなのに…私?
『さあ、目を覚まして。現実を見て。夢なんかじゃない、真実を。』
「…どっちが現実なの?今、この世界が現実?それとも夢?どっちなの?」
『見たくはない現実が真実。本当の世界をあなたは受け止められる?でも夢じゃない。早く、目を覚まして。』

「…私が知っているのは…あなたの居る世界じゃない!」

どっちが現実だろう、何が真実で何が夢なんだろう。その区別が付かないままに目を覚まさずに夢を見る。

「理穂、早く行かないと映画始まるぞ。」
「うん、そういえば今日電車の中吊りに新作映画の広告があったんだよ。」
「どんなの?恋愛物とかは勘弁。」
「うーんとね、SFだったよ。SFなら弘樹も観るでしょ?」
「まあ、SFならね。不思議系の話しは好きだ。」
「不思議といえば…私、今日なんか変な夢見てたみたい。」
「何だよ?見てたみたい、っておかしいぞ?表現的に。」
「だって夢なんだもん。内容も忘れちゃったし…でも、本当に不思議だった。不思議で絶望的な夢。」
「まあ、夢って大概、不思議なもんだし。」
「今もまだ夢の中にいる気分。本当に。この世界が夢だったら…嫌だなあ。」
「何言ってんの。こっちが現実。で、あっちが夢。だろ?」
「うん。そうだね。」

理穂は見続ける。現実のような夢と、夢のような現実とを繰り返して。その全てが本当ではないことを知りながら。何もかもを絶望した瞬間から理穂の中にふたつの世界が出来上がった。そして、そこに生き続ける。

全ては、この現実の世界で起こった出来事。

<END>

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